IE9ピン留め

赤間 勉            (Tsutomu Akama)
by a-pot
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募金の窓口
すでに多くの情報がまわっていますが、JBCでも何かできることをということで、信頼できる募金先のリストをウェブにまとめてあります。その他のドネーション関連イベント一覧はこちらから。

本エントリーをしばらくトップに置いておきます。
# by a-pot | 2012-03-11 14:46 | 東日本大震災関係 | Trackback | Comments(0)
シアトルに行ってきた
シアトルに行ってきました。
飛行機の乗り継ぎでシアトル空港に降りたことはありますが、空港から市内に出るのは初めて。とはいっても日曜日の午後のフライトで行き、月曜の朝から昼過ぎまでミーティングがあって、その後すぐに空港に向かってベイエリアに戻るとんぼ返り出張だったので、行ってきたと言っていいのかどうか微妙ですが・・・。

うちの会社はneglected diseaseと呼ばれるエリアにもかなり力を入れているのですが、その中のひとつについて、去年の夏に前任者からケミストリー担当を引き継ぎました。私が主にケミストリーを担当しているプロジェクトがいくつかあるわけですが、そのうちのひとつということになります。

シアトルといえば、マリナーズとボーイング、そしてマイクロソフトの町というイメージですが、それにともなってというべきか、BMGF (Bill & Melinda Gates Foundation) の本部もあります。BMGFには様々なアクティビティがありますが、マラリアなどを始めとするneglected diseasesの治療薬開発にも注力しています。

件のプロジェクトは、UCSFのSandler Centerが中心となってBMGFのグラントを得て、filarial wormと呼ばれる寄生虫によって引き起こされ、アフリカに蔓延するRiver blindness (日本語では河川盲目症またはオンコセルカ症)およびlymphatic filariasis/elephantiasis (象皮病)の治療薬を開発することを目指しています。

今回は年に1回ほどのレビューで、スポンサーであるBMGFの担当者の前で、うちの会社からは5名、UCSFから3名、ニューヨーク、そしてカメルーンからそれぞれ1名、合計10名のチームメンバーで乗り込み、プログラムの進捗を報告するというけっこう重要なもの。私は15枚ほどのスライドで、ケミストリーのパートのプレゼンを担当しました。

レビューは全体につつがなく終了して一安心ですが、次のマイルストーンに向けて、なかなかチャレンジングなゴールが待っています。営利であれ非営利であれ、この業界に簡単なプロジェクトなど存在しませんが、私たちが得意とする含ホウ素化合物の化学が役に立ちそうな分野があり、それがunmet medical needsであるならなおさら、何とかして貢献したいと思います。

ところでSeattle Tacoma AirportはSea-Tac Airportと呼ばれているらしいですが、各ターミナル間を結ぶ無人トラム内の案内が音声もディスプレイも日英バイリンガルなのに驚き。これってイチロー選手効果で日本からの旅客が増えたためなの?まさかANAがB787のローンチカスタマーになったからってことはないよね?

写真はホテルの部屋から見た明け方の景色です。
# by a-pot | 2012-01-31 14:39 | 医薬、バイオ関連 | Trackback | Comments(0)
八神純子さん(3)
その1とその2はこちらから。

今年、2012年からは本格的にプロ活動を再開されます。まず今週の25日には、15年ぶりのニューアルバム「Vreath(ブレス)~My Favorite Cocky Pop~」と12年ぶりのシングル「さくら証書」が発売に。シングルは卒業式を舞台にした大江千里さんとのコラボで、3月までNHKラジオ「深夜便のうた」で聞けるそうです。こちらの記事によれば、制作担当者は「子供が卒業する保護者の方々が謝恩会などで合唱するような定番ソングになってほしい」と期待しているそうです。

2月からは本格的なコンサートツアーも開始!2月15日の奈良県民文化会館を皮切りに、中野サンプラザなどもはさみ、29日の千葉文化会館まで。そして5月26日にも千葉県森のホール21という日程がネット上に出ています。多分これからもっと増えていくのではないでしょうか。

先週1週間もラジオやテレビへの出演が盛りだくさんこちらのブログによれば、マネージャーもなしで、すべてご自身でスケジューリングされてるのだとか。大変でしょうけど、なんかちょっとうれしいような。

そんな多忙なスケジュールの合間を縫って、昨年から行っている東日本大震災復興支援プロジェクト、「トランスパシフィックキャンペーン」もずっと継続されるとのこと。その名の通り太平洋をまたいだ活動をされていますので、その一環としてここSFベイエリアでも何かできないかと考え、実は昨年暮れからこの方この方この方と、それからこの方wwともいっしょに、少しずつ準備を進めています。この企画についてはできるだけ早くファイナライズして、ここでも報告したいと思います♪
# by a-pot | 2012-01-23 14:23 | 八神純子さん | Trackback | Comments(0)
6曲目投稿
今年最初の投稿になります。



ちなみにこれまでの全曲は、こちらで聴くことができます(ニコ動アカウントは必要です)。
# by a-pot | 2012-01-23 07:59 | ボカロ | Trackback | Comments(2)
2012年の目標
今年の目標は3つ。

1.週1回以上のウォーキング
昨年は週1回以上のジョギングとして、一応やったのですが、どうも歩くほうがよさそう、ということで。

2.ボカロ作品を5曲投稿
昨年ニコ動デビューw して、5曲投稿しました。今年も5曲を目指します。

3.これは現時点では非公開。でもこれが私の今年の最大の目標で、多分、今書いても問題ないとは思うのですが、そのうちにお知らせしたいと思います。

年末に、今年は数値目標じゃないものにするって書いたのに、結局数値目標じゃん。w まあメインの3番が違うので、ということです。

この他、震災復興支援に関することとか、第4回のJBCシリコンバレーバイオ合宿を成功させるとか、今年で10周年となるJBCの、10周年記念BBQをさらにスケールアップして行うとか、仕事や家族や友人関係など、やりたいこと、やるべきこと、さらに考えるべきことはいろいろありますが、ここではとりあえず上の3つだけ挙げて、あとはノートに。

みなさんにとって、実り多い1年となりますことをお祈りします。
また今年も頻度低い更新になりそうですが、本ブログもどうぞよろしくお願いします。
# by a-pot | 2012-01-04 11:29 | SVの暮らし | Trackback | Comments(0)
目標達成度
年始に今年の目標を決めて、ブログで宣言しましたので、その達成度を確認しました。自分以外誰も気にしていないであろうことですが、一応ご報告。

1.DTM: 3曲完成&アップロード
これは一応5曲完成してアップロードしました。買った直後はCubaseというDAWソフトの使い方が全くわからず、どうなることかと気が遠くなりかけましたが、ネットでとある解説ビデオを発見し、そこから何とか使えるようになりました。まだまだ使いこなしているとはとても言えない状況ですが、とりあえずある程度の形にはできるようになったかと。

2.ジョギング: 週に1回 (トータル52回)
11月に風邪を引いたりして終盤失速気味になり、さらにウォーキングに切り替わったりもしましたが、トータルで何とか54回。目標という点ではかろうじて達成ですが、走るにしろ歩くにしろもうちょっと増やさないといけないなと感じます。

3.料理: 週に2回 (トータル104回)
昼または夜の食事の用意という意味だったのですが、これはトータル165回で堂々の(^^;)達成。7月に4週間、娘と二人で過ごした際に毎日2食準備したのでここだけで50数回。それを除いても、毎月8-10回程度、週末を中心にやりました。

4.ブログ: 100エントリー
これは56回で、大幅な未達。前年の76回からも大幅ダウン。毎日更新の人とかはホントにすごいと思います。

今年はすべて数値目標でしたが、来年はちょっと違った形の目標を考えています。

自分のことばかり書いてしまいましたが、今年も1年間、多くのみなさまのお世話になりました。ありがとうございました。特に日本はいろいろな意味で本当に大変な年でしたが、希望を持って、新しい年を迎えたいと思います。みなさまも、どうぞよいお年を。
# by a-pot | 2011-12-31 14:06 | SVの暮らし | Trackback | Comments(2)
久しぶりのサンフランシスコ
個人的に日本的カレンダー日程で仕事をしている、この年末年始、ようやくお休みとなった今日(29日)、久々にちょっとサンフランシスコまで行って来ました。

最初に向かったのはフェリービルディング。おいしそうな日系のデリと、ドーナツ屋さんがあるとおくさまが言うのと、Hog Island Oysterの出店でちょっと牡蠣でも買おうかと。

お昼前に着くつもりが、フリーウェイを降りた後の道がけっこう混んでた上、駐車場がなかなか見つからず、お昼になってしまいました。今日は霧が濃く、正午過ぎてもでもBay Bridgeはこんな感じ。

フェリービルディングの前の道は何度か通っているのですが、実は中に入るのは初めて。なかなか楽しかったです。最初に見て思わず写真を撮ってしまったのはきのこ屋さんのきのこ盛り合わせ。w

目的のデリは、おいしそうなお弁当など売っていたものの、座って食べる席がないのでやめにして、ポーク専門店(?)のサンドイッチを買いました。

私はイタリアンソーセージホットサンド。一口かじった後が生々しくてすみません。w

おくさまはよくわからない名前のww。

歩きながらパクパクしつつ、Hog Island Oysterへ。


ここではカウンターでフレッシュな生牡蠣その他を食べさせてくれて、かなりの人気スポットです。そして、ほどほどの量であれば、持ち帰り用に買うこともできます。本当は北の方のTomales Bayというところにある本家に行くと、取りたてのオイスターを好きなだけ買うことができるのですが、そこはSFからさらに1時間半くらいかかるので、今日はここで買うことに。Kumamotoという極小粒の牡蠣(写真左下)ともうちょっとだけ大きい奴(上)を各1ダース、それにManila clam(あさりですね)1ポンドを購入。

フェリービルディングを出ると、Bay Bridgeが今度は橋脚の上のほうだけ見える状態に。

次に向かったのはジャパンタウン。失礼ながら相当廃れてしまった感のあるLAのリトルトーキョーと比べると、まだまだがんばっています。たまに行くと以前とはお店が変わっていたりして、それなりの厳しさも感じますが、日本人にとってもなかなか楽しいところだと思います。今日行った目的は買い物ではないのですが、思わず目に付いた、日本では見覚えのない(?)お菓子を写真に撮ってしまいました。ww


# by a-pot | 2011-12-30 13:37 | SVの暮らし | Trackback | Comments(0)
機内持ち込み荷物にこそチャージを!
Philadelphiaに来ています。一応おしごとです。
もちろん飛行機で来たわけですが、前から感じていたチェックイン(預け入れ)と機内持ち込みの手荷物の扱いに対するギモン(というかほとんど不満ですが ^^;)を思い出したので、書いておきます。

エアラインにもよるのかも知れませんが、いつからか国内線のチェックイン手荷物は手数料がチャージされるようになりました。今回私の荷物は機内持ち込みも可能な小型のスーツケースとバックパック。でもスーツケースはチェックインしました。なぜなら目的地到着がほぼ夜中(しかし自分のタイムゾーンではまだ9時とか)のため、着いてから買い物とかできない、すなわちホテルの部屋で必要な飲み物(一種の眠り薬みたいな ^^;)は持参するのがベストだったからです。何しろ3時間も時差がありますから、それなりの対策も必要というものです。(←正当化の試み)当然ボトル入りの飲み物は空港のセキュリティを通過できませんから、必然的にチェックインとなります。小型のスーツケースですが、25ドルも取られました。

上記は私の個人的な事情なので、まあ仕方ないのですが(でもこんなにかかるとわかってたらもうちょっと考えたのに!)、一般的な乗客の希望としては、持ち込めるものならできるだけキャビンに持込み、チェックインはしないに越したことはありません。なぜなら荷物をチェックインしなければ、目的地到着後バゲッジクレームのターンテーブルの前で待たずに、すぐ移動できますから。つまり基本的にチェックインなんて誰もしたくなく、機内に持ち込めない大きな荷物がある場合や、私のように液体(まあ普通はおみやげとしてでしょうがww)を運びたい場合に仕方なくするものです。

もともとみんな荷物を持ち込みたがるので、キャビンの頭上の荷物入れはいつもいっぱいいっぱい。席が8割がた埋まっていれば、たいがい入り切らない荷物があふれて何人かは搭乗口で預けることになります。にもかかわらずチェックインに結構な額の手数料をチャージするとなれば、ますます機内持ち込みのインセンティブが上がります。すでに混み合っているキャビンの荷物スペースががますます混み合うわけです。持ち込み荷物はスーツケースひとつと小さなバッグ程度ということになっていますが、実際にはお前それ全部持ち込みかよ!みたいな人がけっこういますからね。

一方で、キャビンの荷物スペース節約に協力するために(まあそれだけではないでしょうが)チェックインするお客さんもいます。こういう良心的なお客さんに手数料をチャージし、おいそれ持ち込みすぎだろというわがままな客は何もチャージされないというのはどうなのかなと。

そしてもうひとつ。サンフランシスコからの旅行だとどうしてもメインになるあるエアラインは、搭乗客を4種類にわけ、ボーディングパスに1から4の数字が書かれています。1の客が最初で、2,3,4の順番に搭乗します。その番号付けルールの詳細は知りませんが、その会社でマイルを貯めていない(アライアンスパートナーの別の会社で貯めている)私の場合、いつも4です。つまり乗り込むのはいつも最後の方。そうするとキャビン内の荷物スペースはすでにほぼ満杯。なので私のバックパックは自分の前のシートの下に置くことになる場合が多いです。

これでもかと手荷物を持ち込む多くの乗客が荷物コンパートメントを占領し、25ドルも払って同じようなサイズのスーツケースをチェックインし、バックパック一つだけを持って乗り込む私は、そのバックパックさえ頭上にしまうことができない。もちろん自分が不利益を被っているからということもありますが、正直者はバカをみるみたいな、何となく納得しかねるものがあるわけです。

みんな持ち込めるものはできる限り持ち込みたいわけですから、どちらかというと機内持ち込み荷物にこそ料金をチャージすればいいのではないでしょうか。そしてチェックインは昔のように2個まで無料とかにする。そうすれば、お金を払ってでも急ぎたい人は持ち込むだろうし、料金かかるんだったら多少時間くってもチェックインしようという人も増えるでしょう。今のシステムは、上記のようにもともとのキャビン持ち込み志向をさらにプッシュしているだけなため、問題解決どころか悪化させているとも言えます。

まあエアラインにとっては年間10万マイルとか乗ってくださるお客さんが一番大事なのは確かでしょうから、そういうステータスの高い客にはそれなりの優遇処置を設ければ、十分可能だと思うんですけどねー。

下の写真(後でアップ)は夜食用に持参したカップメンをホテルの部屋のコーヒーメーカーで作るの図。ww


追記: 本気で改善を望むなら社名をぼかしてもしょうがないということで、United Airlinesです。でもこれだけの数の飛行機を飛ばしていて墜落とかの事故がないUnited、本当に素晴らしいです。応援してるので、改善できることは改善して欲しい!
# by a-pot | 2011-12-06 15:48 | SVの暮らし | Trackback | Comments(0)
八神純子さん(2)
その1はこちら

1978年のデビュー以来、1986年まで年に1枚以上のペースでアルバムを発表し続けた後、八神純子さんは結婚を機にカリフォルニア、ロスアンジェルス近郊に移住されます。Wikipediaによれば、1990年から2000年までは毎年、帰国してコンサートなどを行っていたものの、2001年の911テロ以降、小さな子供もいるため飛行機を控え、日本での活動は休止されていたとのこと。

今年下のお子さんが18歳になるのを機に、日本での活動再開の準備をされていましたが、その矢先に東日本大震災が起こりました。911の時とは逆に、今やれることをやらなきゃ、潔く生きていこうという考えに変わったのだそうです。あるラジオ番組での本人のトーク(下のYoutube)によれば、活動再開の準備のため3月12日に来日予定だったフライトが、キャンセルとなったとのこと。しかしその後すぐに、周囲の反対を押し切り、どうしても行かなきゃという気持ちでハワイ経由のフライトを確保し、日本にやってきたそうです。そして何かしなきゃという使命感のもと、日米の架け橋として復興をサポートするトランスパシフィックキャンペーンという活動を立ち上げ、毎月のように被災地を中心にチャリティコンサートを行われています。



実際のチャリティコンサートはたとえばこちらこちらのブログにその様子が。

またご本人の出身地でもある名古屋のセントレアでのライブの動画がネットにあります(これ

これ)。

まったく衰えを感じさせない相変わらずの美しく厚みのある声です。

かなり珍しい貴重なリハーサルの映像も。


本当は2011年5月に渋谷AXというライブハウスでの復帰ライブが予定されていましたが、東日本大震災の影響もあって延期。でも11月2日に無事行われ、大成功だったようです。

その間にレコーディングも進められていて、来年(2012年)1月25日にはニューアルバム「VREATH(ブレス)」~My Favorite Cocky Pop~が発売になります。Flyerによれば
わたしの歌のルーツに新たな息吹を注ぎこみました。
デビューのきっかけとなったポピュラーソングコンテストなどヤマハのコンテストから生まれ、それらを紹介したラジオ深夜番組“コッキーポップ”で人気のあった名曲から今、歌いたいうた、伝えたいうたを選びました。
(VREATH とは、BreathのBを音楽記号の息継ぎVに置き換えた造語です)

とのことで、ポプコン時代の他のミュージシャンの曲のカバー中心になるようです。楽しみ。

八神純子さん、今年になってツイッターも始められています。

# by a-pot | 2011-12-05 06:46 | 八神純子さん | Trackback | Comments(0)
新曲アップ「Little Zeppelin」
ずいぶん昔に作った曲なんですが、前回に引き続きピアプロからGUMIの絵師さんのイラストをお借りして、新曲としてニコ動にアップしました。


# by a-pot | 2011-12-04 15:11 | ボカロ | Trackback | Comments(0)
考えるべきことはいろいろあれど
最初から言い訳がましいことをぐだぐだ書きますが、しばらく前に後半の文章を書いてから、これをアップするかどうかずいぶん悩みました。自分はもう50年近く生きてきている。楽しいこと、楽しくないこと、いろいろあったけど、とにかくそれだけの長さを生きている。当たり前のことのようですが、それが当たり前じゃない人もたくさんいるわけです。私の場合はかなり身近にも。

そういうことを考え出すと、以下のようなことは書けない、というか自分の中で思うのはまあ勝手だとしても、それをウェブにあえてアップするべきことなのかどうかは、わからなくなります。何を贅沢なことを言ってるんだ!とか怒られるかも知れなくて・・・。でもやっぱりアップすることにしました。理由はうまく言葉にできませんが、やはりこういったことを問いかけることには意義があると思うから。

40代も後半になると、残りの人生のことが以前よりも気になるようになります。少なくとも私は。おそらくもう一生の半分を過ぎていて、半分どころかあと何年あるのかもわからない。しばらく前から、同年代の友人や知人の訃報なども回ってくるようになり、まさに明日はわが身の可能性が年々高まっていきます。

日々の暮らしの中では何だかんだと仕事やその他のことに追われていますから、つい週末や次の連休を待ち望んだりしてしまうことも多いのですが、人生の残りは減る一方なのにそれでは平日の一日一日がちょっともったいないのではないかと思うようになりました。

スティーブジョブスのスタンフォードでのスピーチの中に、「明日死ぬとしたら今日自分は何をするかを考えろ」みたいな言葉がありましたよね。彼自身、自分の中に癌が見つかっていたという事実もあったからかも知れませんが、みなさんはもし明日死ぬとしたらという状況で自分がやりたいことがはっきりしているでしょうか?実際には「明日」のところを「来年」とか「3年後」くらいに置き換えて考えるといいのかも知れませんが、それにしても簡単に答えが出るものではないですよね?

1年あまり前にそういったことをずいぶん考えて、私はDTM(Desk Top Music)の環境を整えました。もしも自分が今から数年のうちに死ぬとしたら、これだけはやっておきたいと思ったのが、自分(たち)のオリジナルの楽曲を残すことだったからです。「自分(たち)」なのは、いくつかの曲は私ひとりで作ったものではなく、妻や学生時代の友人の作詞によるものだからです。要するに最優先事項は趣味だったわけですね。その昔、学生時代にカセットテープに作ったものがいくつかあるのですが、それらはさすがにちょっと人に聞かせるようなクオリティとはいえないので、もうちょっとくらいはまともなクオリティで録音し直し、ネット上に投稿して保存しておきたいと思いました。娘にボカロ(ボーカロイド)を教えてもらったことも追い風になりました。

ギターとベース、キーボードはもともとあったので、昨年末に新しいPCを1台用意し(息子に作ってもらった)、今年になってからDAW(Digital Audio Workstation)やボカロのソフトとオーディオインターフェースという機器を買って、とりあえずセットアップできたので、少しずつ制作を始めました。でもこのおかげで平日が充実したというよりは、むしろまとまった時間が取れる週末や連休がより待ち遠しくなってしまったので、結局上で書いたことへの解決にはなっていません(^^;)。

私はこの歳になってようやくそんなことを考え始めたわけですが、こういうことは若いうちから考えられればそれに越したことはないと思います。その時点で明確な答えがあるかどうかではなく、おそらく考え続けていくことが大事なのかなと。
# by a-pot | 2011-12-03 15:25 | その他 | Trackback | Comments(2)
八神純子さん(1)
高校1年生のとき、テレビで八神純子さんの「ポーラースター」という歌を聴いて、すとんとファンになった。するとクラスメートに先輩ファンがいて、いろいろ教えてくれた。八神純子はスローなバラードがいいんだよ。当時の彼の一番のお気に入りは「夜間飛行」と「DAWN」。彼の部屋に遊びに行ったとき、それらの曲を聞かせてもらい、おお確かに、と思った。私は初見というか、初めて聴いた曲をいきなり好きになることは今も昔もあまりない。「ポーラースター」もテレビで何度か聞くうちに好きになった。八神さんはその前の年、1978年に「水色の雨」が大ブレークして一躍人気シンガーソングライターとなっていた。知ってる人には何を今さらだが、彼女の何がすごいって声の美しさ、つややかさ、伸び、張り、自由自在だけれど押し付け過ぎないビブラートの安定感、そして声量が並外れていた。

そして友人からバラードのよさを教えてもらい、まだ高校生だった翌年がんばって初めて買ったアルバム(LPレコードの時代)が、「ポーラースター」も収録された「Mr. メトロポリス」だった。それ以降発売されたオリジナルアルバムは「ヤガマニア」までの6枚全部買うとともに、「Mr. メトロポリス」以前の2枚もさかのぼって買った。CDが出る少し前から出たての時代だったので、まだすべてLP盤。全部カセットテープに落として、ほぼ全曲そらで歌えるほど、主に車の中で聴きまくったものだった。

仙台での大学時代、ファンの友人と一度コンサートにも行った。宮城県民会館だったかな。生で聴く彼女の歌は、レコードよりも、もちろんテレビよりも数段素晴らしかった。

上記のバラード2曲のうち、DAWNがYoutubeにあがっている。これは当時も今も、一番好きな曲のひとつ。もちろん一番好きな曲は他にもたくさんあるけど(^^;)。それにしてもこの曲がレコーディングされた当時、彼女はまだ二十歳になるかならないか。その時点ですでにここまで完成されていた歌唱力(ちなみに作曲も)は、もう何と言うか、すごいとしか言いようがない。

DAWN

# by a-pot | 2011-12-02 14:59 | 八神純子さん | Trackback | Comments(0)
新曲アップ「雲の入り江」
前回からだいぶ時間がたってしまいましたが、ニコ動に新曲アップしました。
うまく表示されるかな?



されたみたい。今回は娘に教えてもらったピアプロというサイトでおくさまにイラストを選んでもらいました。娘もすきだというtamaoさんの作品です。かわいいよね。
# by a-pot | 2011-11-26 16:25 | ボカロ | Trackback | Comments(0)
アルコールを飛ばすのはそれほど簡単ではない
料理の際、日本酒やみりんを加えアルコールを飛ばすという作業はごく一般的に行われる。フレンチでもステーキなんかにブランデーを加えてアルコールを燃やすフランベとかっていうのがある。でもアルコールってそう簡単に飛ぶのだろうかとずっとギモンに思っている。

まあフランベのように燃やしちゃえばそれなりになくなるような気はするけれど、鍋で水分といっしょに煮る場合、完全になくすのは難しいだろうというのは、有機合成をやってる人なら誰でも思うことではないだろうか。

ざっくりと検索してみると、一般には、アルコール(=エタノール)の沸点(約78度)は水の(100度)より低いから、加熱すればアルコールが先に蒸発するという記述が多数派。でも中には完全には除けませんと書いてあるページもある。

実際にどれくらい煮込むとどれくらい飛ぶのかの実測数値データを探したんだけど、見つけられず。でも有機溶媒を日常的に使う合成化学者は、水とエタノールの混合物からエタノールだけを完全に留去することがそんなに簡単ではないことをよく知っている。もちろん水を飛ばすほうがより大変ではあるのだけれど。

それはさておき、これがなぜそんなに簡単ではないかというと、水とエタノールというのは任意の割合で混ざる上に、混ざった液体同士がいっしょに蒸発するからだ。たとえばみりんや日本酒の場合、水とエタノールがだいたい85:15程度。重さでも体積でもそんなに大きくは違わないので、とりあえず85 mLの水と15 mLのエタノールが混ざっているとする。これを加熱したときに、最初に蒸発する15 mLが100%エタノールで、残りは完全に水なのなら話は簡単なのだが、実際はそうはいかない。こちらのサイトからお借りしたエタノール/水 蒸気液平衡曲線(下記グラフ左)で、x軸が0.15あたりのときy軸は0.5くらいになってるのがわかるだろうか?

つまり15%の濃度のエタノールが蒸発する場合、その蒸気中のエタノールはだいたい50%程度でしかないのである。この蒸気を冷やして凝縮させると、50%エタノールとなる。そしてグラフからもわかるように、液体中のエタノール濃度が下がると共に、蒸気中のエタノール濃度も下がっていく。つまりいっしょに蒸発する水の割合が増えてゆく。もちろん料理の場合、水がいっしょに蒸発してもまた足せばいいのでまったく問題ないのだが、問題は実際のなべの中で、どれくらい蒸発させれば液体中のエタノールがなくなるのかはっきりしないことである。

いろいろ検索する中で、「あっとマドラー」というおもしろ商品を使って、ブランデーのアルコールを飛ばし、その濃度をおおざっぱに測定する実験を行っている方を見つけた。このレポートを見ると、「アルコールを完全に飛ばす」というのは相当根性がいることがわかる。何と燃え尽きるまで燃やしてもなくならないのだ!けっこうびっくりです。

これらから言えることは、おそらくさっと煮たくらいではアルコール濃度はゼロにならないだろうということ。みりんや日本酒、ワインにブランデーなど、料理に使われる機会は多い。なかなか完全に飛ばしきれていない可能性が高いということは、つまり大人も子供も、なんだかんだと日常的に少量のアルコールは摂取しているのだろうということだ。

とはいえ通常料理に加える酒類というのは全体からすれば少しだけ。たとえば日本酒が10倍に薄まるとすると、その時点ですでにアルコール濃度は1.5%程度なので、そこからさらに煮込む鍋ものなどの場合は気にするほどの量ではない。和食のたれの基本レシピである醤油:みりん:酒 = 1:1:1の場合、初濃度は約10%となるので、これはある程度煮切った方がよいかも知れない。

しかし上記リンクのブランデーの実験からもわかるとおり、完全にアルコールが飛んでしまった後のお酒の残りは全然おいしくないとのことなので、料理にとってもどれだけプラスになるのかは若干疑問となる。むしろすこ~し残ってるくらいが風味がいいのかも。

だから何?ということではないけど、どうしてもアルコールを摂りたくない方は、上記リンクの実験のように相当しっかりと煮詰めるか、もしくは最初からお酒の類は使うなということになりますね。
# by a-pot | 2011-11-23 16:49 | 食事、酒など | Trackback | Comments(0)
またまた、ポジティブフィードバックの重要性
先日突然、会社の他の部署の人からメールをもらいました。それは私の部下に対するポジティブフィードバック。短いメールだったので全文を紹介したいところですが、そのまま載せるのはちょっと何でしょうから、私がホニャ訳(^^;)するとこんな感じ。

「これがあなたにとってどれだけ意味があるかはさておき、●●はうちの会社にとって本当に大きく貢献していることを知らせておきたいと思ってね。彼女のパフォーマンスはすばらしいし、気持ちよくいっしょに仕事ができる。これが人事評定のときに役に立つといいんだけど」

通常年度末などにパフォーマンスレビューと呼ばれる、いわゆる人事評定があるのですが、そういうときに、直接の上下関係にないけれども日頃仕事で関わりがある他部署の人に、自分の部下に関するフィードバックをお願いすることはよくあります。

今はまだその季節ではなく、ましてこちらからお願いしたわけでもないのに、向こうから勝手に上記のようなポジティブフィードバックを送ってくれました。おそらく彼が私の部下に依頼した仕事が期待以上に早かったとか、そういった何かがあったのだと思いますが、そういうときにわざわざ言葉にして伝えてくれるというのがあるんですよね、こちらでは。こういうのはメールに限らず、というか普通はメールよりも口頭での会話の中で伝えてもらうことの方が多いかも知れませんが。

この部下は、私が是非にと思って採用した人なので、その人がいい仕事をしていると褒められることは、間接的に私の判断をポジティブに評価してもらっているということでもあります。

ポジティブフィードバックの重要性については、自戒を込めつつこのブログで何度も書いていますが、また書かなきゃと思わされた出来事でした。「豚もおだてりゃ木に登る」というのはちょっと見下し感がある言い回しですが、実際そのとおりとしか言いようがなく、鞭でバシバシ追われるよりも上手によいしょされる方が、同じ仕事でもはるかに気分よく、ついがんばってしまいますよね。
# by a-pot | 2011-11-20 14:38 | 医薬、バイオ関連 | Trackback | Comments(0)
カンファレンス主催者からの謝罪メール
先日レポートしたとおり、いろいろとサプライズ(^^)が多かった中国は深浅でのカンファレンスですが、終了後10日あまり過ぎた今日になって、主催者から「A Letter of Apology」と題したメールが届きました。どうやら参加者全員に送られた模様。

会期中も終了後も、おそらく相当多くの参加者が不満を表明したと思いますし、私もこのままでは来年の参加者が激減するのは間違いないと思っていましたから、当然といえば当然の対応だと思います。

先日も書いたとおり、この期間は別の大きなイベントが並行して行われていたのですが、それとの関連からカンファレンスの会場設定やその他もろもろの運営の不行き届きが生じたことを謝罪する内容でした。そして第10回となる来年の会には万全を期すとともに、何と今年の参加者全員にフリーパスを送るとのことでした。タダと言われれば行ってみようかなと思わないでもありません(^^;)。実際どれくらい改善されるのか見てみたい気もしますし。

さらになぜか、57ページにもおよぶ参加者リストがPDFで添付されてきました。早速見てみると私の名前にタイポが(笑)。まあそれはさておき、ぜひフィードバックをとのことだったのでざっと思いつく要改善点を8点ばかり。でもネガティブばかりではかわいそうなので、加えて2点だけ、ポジティブなことも書いて送りました。

よかった点は、各部屋の入り口横にその部屋のプログラムが張り出してあり、確認しやすかったことと(その他多くの非常識の中で、これは大変常識的だった)、食事が全般においしかったことです。私の中華料理贔屓もあるかも知れませんが、全部込み込みのプランで食事に不満がなかったのは大きいです。

開催地についてもぜひsuggestionをとのことで、今年のが終わって次回まで1年切ってまだ決まってないのかよ(笑)と、どこまでも突っ込んで欲しいのかと思わせる部分もありますが、でも今まさに猛烈な勢いで発展を続ける中国の勢いというか、ある意味なりふり構わずに突き進む姿勢みたいなものも感じられるメールでした。普段なかなか謝らない人たちがこれだけ必死で謝罪するというのもなかなかないことですし、私にとっては特段悪い印象はなく、がんばってるねと思いました。
# by a-pot | 2011-11-19 13:07 | 医薬、バイオ関連 | Trackback | Comments(0)
JBCシリコンバレーバイオ合宿2012の応募受付開始
やはりこちらにも一応載せておかないと、ということでご案内。JBCシリコンバレーバイオ合宿2012の応募受付が開始されました。

今回で第4回となるこの企画、みなさんからの応募をお待ちしています。過去3回で使っていたホテルが営業停止してしまったため、今回はこれまでとはすこ~しだけ違ったフォーマットになりますが、内容的にはさらにグレードアップしてきたいと思っています。
# by a-pot | 2011-11-13 14:52 | アメリカでの就職、キャリア関連 | Trackback | Comments(0)
香港への遠い道のり・・・
今日は香港に移動しました。

来たときは、香港空港から深圳の目的地まで、イミグレーション含めても乗り合いシャトルで1時間くらいで着いたのですが、それがいかにラッキーだったかを痛感することになりました。

今日は時間にも余裕があったのと、行き先が空港ではなく香港の中心部なので、電車を使う通常のルートで行ってみようと思いました。でも重い荷物があるときは、これはあまりいいアイデアではないようです。さらに、もしかしたら日曜日だったせいなのかも知れませんが、ものすごい数の団体ツアー客の大群に飲み込まれ、わけがわからないうちに、自分がどこにいるのかわからないという事態に陥ってしまいました(笑)。

ここに及んでも心の中ではまたブログネタデキタとつぶやいていたわけですが、正直今日中に目的地にたどり着くにはこの先どんなオプションがあるか、ちょっと真剣に想定し始めた瞬間もありました。

今地図を見直して、最初に大きな間違いを犯したことに気づきました。深圳のホテルからタクシーで皇崗(Huang Gang)口岸へ向かったのですが、これが違った。多分福田(Futian)口岸というところに行くべきだったのですが、場所としてはそこが福田口岸だと思い込んでいたので、その後自分の中で混乱することになりました。いずれにせよ、このあたりはGoogle Mapもかなり不正確なので、細かいところはわかりません。

ともかくこの深センを出るイミグレーションの場所に着いたときに、いきなり後悔。ペデストリアンデッキみたいな感じでいったん2階に上がらないと建物に入れないのですが、どう見渡してもエスカレーターが動いていないのです。多分スーツケースなどを運ぶためと思われますが、階段の端がスロープになっています。そこを使ってスーツケースを押しますが、なにしろ階段と同じ傾斜なのでかなり大変。その後下りもあり、こちらはもっと大変でした。しかも気温は28度とかそんな感じ。

最初のイミグレーションは中国出国。混んでいたので時間はかかったものの問題なく済みました。その後シャトルバスで香港側に移動し、今度は香港入国。ここも激混みでしたが、途中で目にしてさっとつかみとったフォームを見ると、最初に香港に入るときに機内で記入したものと同じだったので、一応記入しておいたらやっぱり必要でした(単独の旅行者には誰も教えてくれません ^^)。中国人はこれ必要ないみたいです。

香港に入ってしまえばそこは落馬洲のはずという、私の勝手な誤解のせいで、あると思ったところにMTRという電車の駅がなく、シャトルバスは1回だけ乗ればいいはずだと思っていたのに、誘導されるままもう一回乗せられて、それを降りてもMTRの表示が見当たらず、完全にわけがわからなくなりました。

そのあたりの係員に聞こうにも、早口の現地語(マンダリンなのかカントネーズなのかさえわからない)でたたみかけられるだけ。ドメスティックなツアーの添乗員にはいくら話しかけても無視されまくり、私の周囲を囲むドメスティックな団体ツアー客たちからも完全無視。MTRの駅はどこ?と路線図を手にさまよっていると、そのうち共産党の資料みたいなものを配っていたふたりのおばさんが親切に対応してくれました。身振り手振りと筆談で、道の向こう側に止まっているK78という路線のバスに乗れば、一つ目が上水という次の駅で、電車に乗れるはずということがわかりました!ありがとう共産党のおばさんたち!

それにしてもこのバス、小さい上にいったい何10年前の型なんだという感じの、超ローカルな路線バスです。SFベイエリアでさえ10年以上住んでいて一度もバスに乗ったことがない、言葉のわからない外国人が乗るようなものとは思えません(笑)。座席や通路が狭くてスーツケースがほぼ完全に通路を塞ぎ、しかも手でしっかり押さえていないとブレーキやカーブのたびに通路を走ってしまいます。一つ目という話でしたが、実際には途中で次々に乗客を乗せていくじゃんかよ!ww

このあたりが本日の不安の最高潮でしたね。本当に上水駅に着くのだろうか?こんなローカルなバスで、わけのわからないところに行ってしまったらどうなるのだろうみたいな。でも少なくとももう香港エリアに入っているのだから、最悪でも今から約24時間後に香港空港を出る飛行機に乗ってさえいればOKなわけで、それほど深刻なわけでもありません。時間に余裕があるというのはつくづく大事ですね(^^)。

しばらく走ってどうも上水というところに着いたようで、みんな降ります。もう香港に入っているのですが、私はつい財布から中国の10元札を出してしまいました。でも運転手さんは何も言わずにお釣りをくれました。よかた(^^)。

降りた場所は、お店がたくさんあって、地方都市のそれなりな繁華街の雰囲気。ところが電車の駅らしいものは見当たりません。バスに乗っている間に考えたのですが、こうなったらもう電車にこだわらず、バスを降りたらタクシーを探して一気にホテルまで行こうと思いました。幸いタクシーはたくさんならんでいたので、ホテルの住所を見せました。ところが香港中心部の九龍(Kowloon)エリアだとわかると、手を横に振り、そんなとこまでは行けないと言います。どうもタクシー会社によってテリトリーみたいなものがあって、長距離がOKなものとそうでないものがあるようです。

タクシー作戦あえなく崩壊。それではということで、MTRの路線図を出し、この上水駅はどうだというと、それならOKとのこと。つまりタクシーで行ってもおかしくないくらいの距離だったようです。実際にはワンメーター(14.5HKドル)で着いたのですが、着くなり運ちゃんメーターをピピピピピと進めて(笑)はい20HKドルですと。それでも3-4USドルくらいですし、今度こそ間違いなく駅なので、喜んで20HKドル渡しました。もしかしたら駅の北口から南口に移動しただけだっだのかも知れませんが、目的を達することが何より大事です。

電車の切符の買い方とか細かいことは省略。とにかくようやく無事、目的の電車に乗ることができました。

この日最後のチャレンジは、紅磡(Hung Hom)という駅に着いてからホテルまで。おそらく1kmちょっとくらいなので、普通なら歩けるのですが、重いスーツケースがありますから、できればタクシーを使いたいなと。ところがこっち側と思って出た出口はとなりの大学キャンパスに直結していて、見渡してもタクシー乗り場がありません。

おそらく駅の反対側に戻らないとタクシーはいないのでしょう。仕方ない、ここからなら1キロないくらいだろうし、えーい、もう歩いてやる!と決心。大学キャンパスを抜けて、地図をみながらてくてく。上り坂とかは平面の地図からはわからないのでちょっと余分に疲れましたが、午後2時過ぎ、汗だくになりつつようやく目指すホテルに到着!

直線距離にしたらおそらく30 kmくらい、道のりでもせいぜい50 kmくらいだと思うのですが、なんだかんだでトータル4時間ほどもかかってしまいました。

今は夜ですが、この後のことは、昼間重い荷物を持って、個人的には八甲田山にも匹敵するのではと思えるほどの行軍を終えた後では、まったく書くに値しません。後で気分が乗ったら写真を載せます。ということで、出張最終日は香港のホテルでも見られるNHK Worldチャンネルとともに更けていきます・・・。

追記:以下香港でのスナップ。泊まったホテルの周辺です。



やっぱりこういうのちょっと気になってしまいますよね(笑)。


これはホテルの裏の路地

香港のセブンイレブンはかなり日本的。というかスナック菓子はどこでもかなり日本的。

私が乗るUA862便のB747。かわいいww

# by a-pot | 2011-11-06 23:05 | 医薬、バイオ関連 | Trackback | Comments(0)
深圳4日目
深圳滞在も、はや4日目。今日は土曜日ですが、朝ごはんの後ホテルの部屋でゆっくりして、メールその他の対応など。西海岸はまだ金曜日の午後なので、若干のやりとりがあります。カンファレンスには重役出勤して、ほどなく午前のセッションがほぼ終了。午後使う会場にまずワイヤレスマイクの電源を切りに行って(バッテリー節約のため)、その後早めのランチを済ませ、再度会場へ。セッティングを変え、いくつか確認するためです。

というのも、私がしゃべる予定の部屋は昨日から、スピーカーなどの配置がおかしい。スピーカーが2つある場合、通常左右に配置するものですが、ここでは2つとも左側に重ねて置いてありました。これでは部屋の右側のオーディエンスには聞こえにくいですし、壁をはさんだ左隣の部屋にも迷惑。ミーティングオーガナイザーもそのあたりにいたりいなかったりなので、昼休みの間に勝手に一つを右側に移動。さらに椅子を二つ持ってきて、床に置いてあったスピーカーを椅子の上にセット。こうすることで低音のこもりがカットされ、また椅子に座っている聴衆の耳の高さに近くすることで、人の声などの中音域が部屋の中を通りやすくなります。

それでも午後の最初のセッションを聞いていると、一部の人の声がこもり気味なので、午後3時半からの私たちのセッションの前に、ミキサーのトーンコントロールで低音をカットし、中高音を少し強調することで、かなりクリアなサウンドに。こういうちょっとしたことで、ぼわーんとして聞き取りにくかったプレゼンターの声がぐっと聞き取りやすくなります。

さらにレーザーポインターが消えていたので、これは運よくスタッフを見つけてゲット。本当は予備の電池もゲットしたかったのですが、できませんでした。そしたら案の定、途中で電池が弱ってきたのですが、もうひとりのチェアーの方が自前のを持っていたので事なきを得ました。いつもは私も必ず自分のを持って歩くのですが、今回は痛恨の忘れ物となってしまっていたのです。

昨日も書いたように周囲が相当うるさいこともあり、さらに今回はセッションチェアーも兼ねていたのでちょっとだけ出しゃばってというか手を出して、できる限りベストの状態にして臨みました。自分はつくづくこういう仕事に向いているのではないかと思います(笑)。

今回いろいろな発表を聞いて、日本人の方のもいくつか聞きました。最初に英語が苦手でとか一言入れる方がいますが、これは絶対やめるべき。それがさくっと言えるくらいなら発表内容も十分伝わります。他の人たちの発表聞いてればすぐにわかりますが、英語が苦手なのは日本人だけではありません。でもみんな堂々と(開き直って)発表しています。

もっと問題なのは、英語云々以前のこと。1枚1枚のスライドにデータをこれでもかと詰め込んでいたり、同じようなスライドが延々と続いたり。日本語で発表してもそれちょっとひどいでしょというもの。学生じゃなくて大学教員とかだと研究室内でリハーサルとかしないのでしょうか?もしもプライドが邪魔してできないのだとしたら、そのせいでもっとひどい大恥をかいているということに気がつく必要があります。それも個人的な恥にとどまらず、日本のイメージにもよくないし、他の日本人にまで恥ずかしい思いをさせることになります。

さらになぜ?と思うのは、どう見ても全然練習してきてないケース。原稿を読んでいてさえつっかえつっかえというのは、どういうことか。私だったら原稿を書いたとしてもそれが必要なくなるまで練習します。かのスティーブ ジョブスでさえ大事なプレゼンはこれでもかというほどのリハーサルを繰り返したと言われています。自信ないならなおのこと、とことん練習すべきなのに、どう見てもその形跡が感じられないというのは、聴衆をなんだと思っているのかと言いたくなります。

地元中国の人で、ボスが急に来られなくなったので、ピンチヒッターで発表した大学院生がいました。彼女は思い切り原稿を読んでいましたが、練習の成果が伺われ、しっかりと、ほとんどよどみなく読んでいました。座長も感心して褒めていました。

もしかしたら、行きたくもないのに上から言われて仕方なく来たなんていう贅沢な悩みの方もいるのかも知れませんが、それにしても口頭発表するならそれなりの準備はすべきです。さらに想像して、どうしても人前ではうまく話せないタイプで、口頭発表なんか絶対したくないのに、何らかの理由で教授とかから本当に無理やり行かされているとかだとしたら、かわいそうな本人のせいではなく、その教授に大きな問題ありということですね。

今回のカンファレンスで、日本人はとりわけ英語が下手とは思わなくなりました。上手な人もたくさんいますし。でもプレゼンが下手。これは断トツに下手な気がするようになりました。ちょっとした工夫や真面目な練習で、少なくとも人並み程度までは簡単に改善できるのに、どうしてわざわざあんな、後で自分でも思いっきり落ち込みそうなプレゼンをするのかなぁ・・・。

あと、これは日本人とは関係なくほとんどすべての人に言えることですが、レーザーポインタというのは電池で働いているので、ずっと光を出し続けたらあっという間に電池が消耗するということを認識していない人が多すぎる!光や音を出すというのは、半導体や液晶を動かすのと比べると、とても大きなエネルギーの消費なんです。そして電池っていうのは連続使用には弱いのですが、休み休み使えば、ある程度電圧を復活しつつかなり持つのです。にも関わらず、明らかに光が弱くなってきているのにずっとボタンを押し続けるのって電池に対する虐待以外の何物でもありません。知らなかった人はぜひ覚えておいて欲しい。

最後に思い切りぶちまけてしまってスミマセン。とにもかくにも私はこれにて今回の出張のすべてのミッション完了!明日は香港に移動して、あさってアメリカに戻ります。
# by a-pot | 2011-11-05 22:32 | 医薬、バイオ関連 | Trackback | Comments(0)
深圳3日目
深圳3日目。またもモーニングコールから始まります。6時半のつもりが6時に鳴る。2回目リアル声。何時?と聞けば中国語で何か言ったあと、Wake up, wake up!と。OK. Thank you. と答えたらこの日はそれきりかかって来ませんでした。

さてカンファレンスは2日目。今日から一般演題みたいな感じで会場のフロアが変わって1階のRoom 1―9を使うとのこと。ところがバスで会場に着いた後、誰もその場所がわかりません。矢印での誘導とか案内とかもなく、中国語ができる人がそのあたりの人に聞くのですが、施設内では多くのイベントが同時進行していて、コンベンションセンターのスタッフはほとんど把握していない。あっちじゃないかこっちじゃないかと歩き回って、ようやく発見。

何とそこは1階の最大の展示用ホールの一角。一角といってもかなりのスペースを確保してはいますが、そこに高さ4メートルほどの臨時の仕切りを作って部屋を作り、各部屋番号を割り振っています。縦の仕切りだけなので、天井はありません。そのホールのメインの部分では、第10回中国国際人材交流会とかいうよくわからないけれども大きなイベントが進行中。

写真から想像できると思いますがそのイベントもたくさん音を出しますし、各部屋でマイクを使ったプレゼンをするので、ホール全体がウォーンという感じで音が響きわたってもう大変。この会場設定には本当に驚きましたがさすがに参加者には大不評で(^^;)、実際に各部屋でのセッションは、プレゼンターの声が非常に聞きにくくて大変でした。

会場はたとえばこんな感じ。


また上記のとおりそもそも会場がどこなのかが非常にわかりにくく、前日もこの日も会場に現れないセッションチェアーや発表者がけっこういました。参加そのものをキャンセルした人もいるようですが、時間までに会場にたどり着けなかった人もいたのではないかと思います。

ただし去年も参加した人によると、去年(北京)は普通にちゃんとしたクローズドな部屋だったとのことで、今年の反省を踏まえて来年は改善するのではないでしょうか。

この日の夕食はバンケット。カンファレンス会場ともホテルとも違う会場に、チャーターバスで移動します。どうも同時進行している他のいくつかのイベントの参加者も同じように移動している雰囲気でしたが、レセプション会場に着いてそれが明らかになりました。このパーティー、何と我々のカンファレンスのためのものではなかったのです!

といっても間違ったバスに乗ってしまったわけではありません。このパーティーの実態は、第10回中国国際人材交流会の記念祝賀会ということのようで、我々の第9回IDDSTというカンファレンスの参加者もたまたまそこに招待されていたというか、たまたま今年10周年だったので、大々的な合同祝賀イベントになったようでした。これがまたすごいイベントで深圳の宣伝を兼ねたプロモーションビデオ上映の後、共産党幹部だか市長だか知事だかみたいな来賓の挨拶が延々と10名くらいも続き、その後数々の出し物が続きました。これがまた超絶雑技というか、さすが中国のものすごいパフォーマンス。長い挨拶はともかく、数々のスーパーパフォーマンスは本当に目を見張るものでした。以下下手なスナップですが、どうぞご覧ください!





最後のこれ、何と口で支柱を咥えて全身を支え、左手と両足で丸い布を回しているんです!これができたら何なのかという突っ込みはおいといて(笑)、眼前で見ると驚愕するのみ!

こういうきれいなお姉さんもたくさん。

来賓のみなさまはステージ前の長方形のテーブルに、他の参加者は10名ずつくらいの円卓です。

合計1時間半くらいものセレモニーの後、いよいよディナー開始。料理はここでもさすがで、どれもおいしかったです。たとえばこんな。



ワインやビールも、頼めば出してくれました。私が座ったテーブルは、バス内で知り合った日本の製薬会社の人、ロシア出身スウェーデン在住の研究者、インド出身ベルギー在住の女性、ドイツ人のおじさん2名、タイからの女性2名といった感じで、大変インターナショナル。約1時間の食事の後、再度のチャーターバスでホテルに戻ったのが9時前。朝8時にホテルを出てから、長〜い1日でした。

明日はいよいよ私の発表♪
# by a-pot | 2011-11-04 22:56 | 医薬、バイオ関連 | Trackback | Comments(0)
深圳2日目
深圳滞在2日目は、カンファレンス初日です。

まず最初のネタがモーニングコール。部屋に時計がなく、私も腕時計を持っていないので、朝はこれに頼るしかありません。この日のセットアップは電話で簡単にできたのですが・・・。

朝6時半。予定どおり電話が鳴って、録音メッセージで起きました。すると5分後くらいにまたコールがあり、今度はリアルな声。OKと言って切ると、さらに5分後くらいにまた録音メッセージ、さらに5分後にリアル声(笑)。ここにいたって「もういいです」とはっきり言ったら止まりました。その後カンファレンス会場で隣に座った人と話したら同じ体験をして閉口したとのこと(笑)。

朝8時にシャトルバスが出るということでしたが、ちゃんと時間前に来ていました。スバラシイ。まだレジストレーションしてないので参加証とかないのですが、細かいチェックもなく乗り込めました。会場までは歩ける程度の距離ではあるのですが、なにしろでかい施設なので、どの建物のどの入口からどの部屋に行けばいいのかがわからないので、特に初日の今日はとりあえずバスが絶対です。

ところが実はバスのドライバーもどこに車をつければいいのかわかっていなかった(笑)。ゲートの職員に何度か聞きつつ、ようやく着くべき場所に着くことができました。

さらにレジストレーション。地味なカウンターがあって、受付の列が3つある感じなので、みんなそれぞれに並びました。ところが私が並んだ左端の列はなんとなく様子がおかしい。前の人が中国語で延々とやり取りしていたと思ったら、その人が終わるやいなや、横から中国人らしき女性が突然割り込み、何か話し始めます。カウンターの人も当たり前のように対応します。私の後ろには10名ほど並んでいるのですが、お構いなし。その女性が終わって、さあ私の番と思いきや、カウンターの女性がレジストレーションは隣の列に並べと言います。ここは違うと。それぞれの列の前には何の表示もないのでわからないのですが、とにかく違うということで、後ろの人たちにここは違うよーと伝えつつ、右の2つのうち右端の列に並び直しました。

その列の先頭まで来たところで、ナノテクのカンファレンスの人いませんか〜と。同じところで別のカンファレンスの受付もやっていて、要するに私たちのカンファレンスの受付は真ん中だけだったようです。またも後ろの人たちにその旨伝え、真ん中の列に並び直します。サインくらいちゃんと出しとけよと言うべきところですが、受付のみなさんの英語もちょっと怪しいですし、まあこれくらいは想定内(笑)。隣で怒り出した人がいたのですが、私も10年以上のベイエリア暮らしですから、Welcome to China! Let’s enjoy this chaotic experience! とか何とか適当になごませるくらいの余裕は身についてきたようです(笑)。

最初のセッションはキーノート。ノーベル賞受賞者3名を招待してしまうあたりもすごいですが、それぞれたったの25分ずつのトークだったり(笑)。

あらゆるところで本当に突っ込みどころ満載なので、細かいことを言い出したらきりがないのですが、それでもぎりぎりのところでカンファレンスはほぼ(100%ではないのですが、笑)予定どおり開催され、進行していくあたりも、中国のすごさかも知れません。

トラブルはすべてブログネタになるので(^^)、いちいち楽しめばいいわけですが、そうはいってもこれだけの規模のコンベンションセンターで、施設の職員ばほぼまったく、イベントオーガナイザーのスタッフの多くにさえほとんど英語が通じないというのはちょっとした驚き。いろいろ話しかけてみると、ホテル(深圳では最高レベルだという)の従業員の英語もかなり怪しい。ちゃんと通じるのはごく一部のスタッフだけなのがわかってきました。都市の成長に人材の教育、確保が追いついていない感じです。

曲りなりにも国際会議と銘打っているわけですから、母国語が英語であるかどうかに関わらず、各国から参加している人たちはみんな英語でのコミュニケーションを想定して来ているわけですが、あまりの通じなさに戸惑っているところがあります。なので英語が通じるというだけで、すごく安心した表情を浮かべます。まあ英語圏の人にとっては、母国語がまったく通じない不便、不安といったものを実感できるいい機会かも知れませんね。こういう機会に非英語圏の人たちが日頃どれだけがんばって英語でコミュニケーションしているかを想像してもらえたらいいかななどとも思うけど、不満ばっかりためて帰る可能性が高そうかも(^^;)。

ホテルの部屋のエアコンの温度設定機能がまったく働いていないことも理解しました。何度に設定しようが関係なく冷やし続けるので(笑)、適宜入れたり切ったり。

でも部屋のテレビにはCNNやDiscoveryを始め、NHKチャンネルもあるのがウレシイ。そして何はともあれ食事はさすが中国!ディナーも朝食も(両方ともホテル)、ランチ(カンファレンス会場)もおいしいです。

しかしこの後3日目にはさらに驚愕の事態ががが!

追記: あ、そうそう昨日の紹興酒ですが、夕食時に持って行ったら無事開けてもらうことができました(^^)。
# by a-pot | 2011-11-03 23:19 | 医薬、バイオ関連 | Trackback | Comments(0)
深圳初日その2
深圳初日の続きです。

無事ホテルにチェックインし、メール対応とか一段落して、時間も夕方5時近く。さて夕飯をどうするか。今回のカンファレンスのパッケージは宿泊と食事込みで、本当は今晩の食事も含まれているはずでした。でも参加証やバウチャーを受け取ってないので、今日は適当に自分で見繕うことに。明日以降はホテルのレストランとかばっかりになるだろうし、周辺にはいろいろなお店があるようなので、ぶらっと出てみました。

まずこれがホテル。

周辺にはマンションというのかアパートというのか、数10階建てという高層の住宅がたーくさんあって、ストリートレベルにはレストランや生鮮食料品、アクセサリーや各種食べ物の露店などがいっぱいあります。夕方ということもあり、多くの人が歩いています。ここはホテルこそありますが観光地といった風情ではまったくなく、単なる街の一角、学生なのかフリーターなのかわからない若者、学校帰りの子供たち、小さい子を連れたお母さんたち、仕事を終えたばかりのOLといった地元の人たちが行き交うエリア。ホテルを一歩出れば、中国語以外まったく通じません。ホテル内では、おそらく同じカンファレンスに来ているかも知れない西洋系外国人の姿も見かけましたが、外では全く見ませんでした。

生鮮食料品のお店などものぞいてみました。

特に肉の売り方が、冷たいガラスケースの中ではなくむき出しの台の上にどーんどーんと並べられていて、豪快でした。




でもニーハオと謝謝くらいしか言葉を知らない外国人にとって、これと思う食料を調達するのはあまり簡単ではありませんでした。適当にレストランに入れば何かは食べられるのでしょうが、ほとんどすべてチャイニーズフードなので、おひとりさまというのはあまり楽しそうでもなく・・・。そうこうしているうちにだんだんと日が暮れてきて・・・。

右上がホテルです。

結局地元のコンビニみたいなお店でスナック類とカップ麺と紹興酒、さらに恥ずかしながらマクドナルドのビッグマックひとつとで、今晩の食事とすることにしました。ビッグマック以外がしめて78元(約12USドル)。紹興酒が48元だったので、それ以外は全部で5ドルとかです。

海鮮および牛肉系のおつまみ3点、それぞれ数10セントなので試しに買ってみました。まあまあおいしいのですが、予想どおりどれもひたすら辛かったです(><)。

そしてカップめん。

ここベイエリアでもチャイニーズ系スーパーではこういうのいろいろ売ってるのですが、あまり買ったことがない。現地のお店に割り箸などなく、しょうがないのでホテルの部屋にあったスプーンでがんばって食べようかと思ったら、何と中に折りたたみフォークが!


晩酌用に買った紹興酒ですが、箱を開けてみたらワインのようなコルク栓で、手では開けることができませんでした。お湯でお燗してみて、内圧を上げたらポンとか飛ばないかなと思って試して見たけどダメ。これは明日の課題とします。

買い物してみてわかりましたが、このあたりの人たちは、中国語を話さない外国人にまったく慣れていないようです。おでんみたいなものとか、豆腐を焼いたようなものとか、北京ダックみたいなのとか、いろいろな食べ物を露店で売っているのですが、レジすらないし、口頭で金額言われてもわからないし、あまりにもまったく通じないので、断念。

夜9時半くらいになった頃、これを書いていると誰かがピンポーンとチャイムを鳴らしました。中国、ホテル、夜、呼び鈴・・・!?どきどきしながらのぞき窓から見ると普通の(笑)ホテルのスタッフらしき人が立っています。ドアを開けると、ホテルからのギフトだと言ってクッキーをくれました(笑)。贈品と書いてあるのでもらっても大丈夫なのでしょう。こんな時間に驚かせるなよ、もう。

私の部屋からはちょうど、ホテルの前の道が見下ろせるのですが、夜中になっても車や人がたくさん行き交い、そのあたりは東京と似ていますね。

3月に北京、天津、上海と回ったときは、ツイッターはおろかこのブログにさえアクセスできなかったのですが、今回はホテルのインターネットから全部接続できています。スカイプも使う予定があったのですが、これもばっちりです。
# by a-pot | 2011-11-03 21:23 | 医薬、バイオ関連 | Trackback | Comments(0)
香港から深圳へ
このカンファレンスに参加のため、中国の深圳(シンセン)に来ています。

その前まで東京にいたので、成田を午前9時50分発のフライトNH909で香港に飛んで、午後1時半頃HKG到着。そのまま深圳に移動しました。この経路だとまず香港入国、ついで中国入国と、イミグレーションを2回続けて通過することになります。今回はひとりなので、一応事前にいろいろ調べました。ウェブ上で簡単に見つかるブログなどのソースによると、香港から深圳への入り方は、主に3つとのこと。ひとつめは「蛇口」行きのフェリーに乗り、降りてから入国、ふたつめはバスやタクシーで「落馬洲」まで行ってから入国、みっつめはバスで「上水駅」まで行き、電車にひと駅乗って「羅湖」から入国する方法です。

目的地が「落馬洲」から近いのと、重いスーツケースを引きずっているため、上記のふたつめ、特にタクシーでいいかな〜と思っていました。香港空港に着いて、イミグレを通過し、荷物をピックアップして出たところにインフォメーションカウンターがあったので、深圳に行くバスやタクシーはと聞くと、ターミナル2に行けとのこと(着いたのはターミナル1)。少し歩いて行くと、行き先ごとにトランスポーテーションのカウンターが並んでいます。「深圳」の文字が出ているカウンターのおねえさんにバスはある?と聞くとどこに行くのか聞かれ、コンベンションセンターの住所を見せると、ちょっと何かをチェックして、「これだ」とミニバンの写真を指さします。要するに乗り合いのシャトルで値段は180元(30USドル弱)。タクシーだと「落馬洲」まで約300元との事前情報だったので、この値段で深圳のイミグレも超えて目的地まで行ってくれるのであればかなりのお買い得感なので、即決。

お金を払うと、チケット兼レシート、

入国フォーム、それからこんなシール

を胸に貼れと渡されます。私の行き先として深浅、会展中心(コンベンションセンターのこと)と書いてあります。

そしてちょっとここで待ってろと言われましたが、すぐにまた声をかけられ、乗り場へ。私以外に年配の3人組(男2女1)、お一人さまのおじさん、それに私の計5人で乗る模様。3人組のうちひとりは中国語(あるいは広東語?)と英語を話し、あとの二人は他のアジアからのようで、第2言語として英語を話すため、この3人は英語で当たり障りのない話をしてました。もうひとりのおじさんと私が後ろの列に並んで座っていたので、Do you speak English? と聞くとNoと(笑)。まあそれくらいならわかるけどそれ以上はわからないということで、今度は前の3人組に、ドラッグディスカバリーのカンファレンスに参加ですかと聞くと違うとのこと。残念。

それぞれ深圳のどこかに行くので、私はてっきり勝手に落馬洲経由なのだとばかり思っていたら、道路のサインを見てる限りどうも途中から違う方向に向かっています。結局深圳湾にかかる長い橋を渡って(この深圳大橋なんとGoogle Mapに載ってないので、事前には見当もつかなかったわけですが)、深圳湾口岸というところでイミグレーションとなりました。とは言ってもドライバーが全員のパスポート(と必要により入国書類)を集め、料金所みたいな窓口で審査官に渡し、審査官は車に乗ったままの私たちをひとりずつパスポートと照らし合わせてOK、という感じ。下車する必要もなくて楽ちんです。荷物チェックはランダムにピックアップして行うようで、私たちはフリーパスでした。

その後、バスターミナルのような駐車場に停車。ここで車を乗り換えると言います。そんなの聞いてねぇと思ったけど、他のみんなも聞いてなかったみたい。ひとりのおじさんは気がついたらここで消えてました。連絡係みたいな人に連れられ、しばし待たされ、その後100メートル以上荷物を引きずって歩かされたところに、別のミニバンがありました。係員はドライバーに行き先を告げているようでした。ようやく深圳市内に入り、最初に私の目的地であるコンベンションセンターに着いたので、3人組にバーイと言ってお先に降車。ちょっと意外な車の乗り換えはありましたが、全体的には非常にリーズナブルな費用で、時間的にもおそらく最速で深圳市内の目的地まで移動できるので、この経路はけっこうオススメだと思います。HKGに着陸してから2時間かからずに深圳の中心部到着です。考えてみれば香港は日本と同じ右ハンドル左側通行で、中国は左ハンドル右側通行なので、乗り換えもまあしょうがないのかなと後から思いました。

ところがここからちょっと予定が狂います(笑)。最初にホテルに行かずに、荷物を引きずってコンベンションセンターに行ったのは、主催者からそういう指示があったからです。チェックイン前にまずレジストレーションを済ませて、参加証や食事のバウチャーなどの「キット」を受け取るようにとのことでした。

ところがいざ着いてみると、このコンベンションセンター、でかい。もちろんそれなりに心の準備はしていましたが、やはりそれ以上にでかかった(笑)。で、そこらじゅう工事現場だらけ。というか正確には終了したばかりのイベントの撤収とこれからのイベントの準備の作業中。そのイベントがいくつあったのかもわからない、多分10個前後のイベントが終了し、また始まりつつあるようでした。そして私が参加予定のカンファレンスのサインがどこにも見つからない!建物をひとまわりするだけで軽く1km以上ありそうな施設で、今日は最高気温も28度とかで、汗だくになりつつ歩いてみたものの見つからないので、まあカンファレンスは明日からなので、レジストレーションは明朝でもいいやと作戦を切り替えて、とりあえずホテルに行くことに。

でも今日は何のイベントもやってないので、タクシーがいない。ふと見ると、道路を挟んだ向かい側にリッツカールトンがあったので、そこで待っているタクシーなら安心だろうと思い、主催者からもらっていた例文集のホテルの部分を見せて(^^;)、行ってもらいました。ホテルはけっこう立派な感じです。でも防音は今ひとつかな〜。9階なんだけど、下の道路の車の往来の音がけっこううるさい。

ホテルの部屋の窓(南向き)から見えるのは、ひたすら高層住宅。

エレベーターホールから見えるホテル北側

中心に見える横長の長方形が横につながった感じなのが会場のコンベンションセンター。一番上が6階。その手前に平たいカマボコ状の屋根が見えるでしょうか?これが最大の展示会場部分。全部で3x2=6ブロックくらいの土地を使っています。奥の高層ビル群はオフィス街みたいな感じ。左右に分かれていて間に何も見えないのは、こんなふうになっているから。

これは先の横長長方形部分(コンベンションセンター5F)からさらに向こう側(北側)を見たところ。正面のにゅるんとした大きなものは何だかわかりません。

長くなるので、とりあえずいったんここまで。
# by a-pot | 2011-11-02 23:16 | 医薬、バイオ関連 | Trackback | Comments(0)
第4回JBCバイオ合宿の予告
ようやく来年3月の第4回バイオ合宿の案内の予告が出ましたので、ここにも一応転載しておきます。

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第4回シリコンバレーバイオ合宿

次世代のバイオ分野で活躍したいあなたを応援するために、JBC主催・第4回シリコンバレーバイオ合宿を下記日程で実施する予定です。

日程: 2012年3月15日(木)午前集合-18日(日)朝 解散

費用や日程、申し込み方法などの詳細については、11月中旬に本サイトおよびメーリングリストであらためてご案内する予定です。本案内を興味のありそうな方にどんどんお知らせください。新たにメーリングリスト配信ご希望の方は、http://www.j-bio.org/search/label/Join%20JBC からご登録いただけます。

ご参考まで、過去の案内、参加者レポート等へのリンクは以下の通りです。

http://www.j-bio.org/2010/11/jbc-2011.html 第3回募集案内

http://www.j-bio.org/2011/05/blog-post.html 第3回参加者レポート

http://www.j-bio.org/2010/04/jbc-sv-bio-tour-2010.html (第2回参加者レポート

http://www.j-bio.org/2009/04/jbc-sv-bio.html第1回参加者レポート

http://www.j-bio.org/2008/11/jbcfaq.htmlよくある質問と回答

※ 知人等から転送されて本案内を読まれた方へ:

Japan Bio Community (JBC: http://j-bio.org/)は米国IRS登録の非営利団体(NPO)であること、また運営はすべてボランティアのオーガナイザーによって行われていることをご承知おき下さい。

JBCオーガナイザ-一同
# by a-pot | 2011-10-30 11:33 | 医薬、バイオ関連 | Trackback | Comments(0)
出張BBQ in San Jose
3週間ほど前になりますが、出張BBQなるものを行ってきました。鹿児島大学他のSVインターン&研修ツアーおよび関係者のみなさんトータル60-70名に、おいしい(ココ重要)BBQディナーをサーブするというタスクです。

基本的にはJBCのBBQを若干スケールダウンした形で構成していますが、場所も違ってグリルなどの設備も違うので、それなりの工夫も必要になります。まあ細かいことを書くつもりはなく、せっかく写真をとったので載せておこうかなと。

まずはサイドからですが、特製ポテトサラダ。おくさまがバックヤードで作ったキュウリを使い、カリカリベーコン、パセリ、ニンジンなどを加えたオリジナルレシピです。特大ポテト14個(約6kg)使いました。

グリル始めはエビ塩焼き。5ポンド(2.3kg)焼きました。頭から尻尾まで食べられます。

次いでチキンウィングミッドジョイント。手羽の真ん中のおいしい部分です。これも塩で、7.4kg。

そしてメインのリブアイステーキ。ミディアム加減で10kg焼きました。これを定番となった和風おろしソースでごはんに乗せるとグー。

さらにJBC関係のBBQには欠かせない存在となったT子さんが担当してくれた焼きそば合計24玉。


この他に山ほどのグリーンサラダ(これは出来合い)

ごはん、フルーツ盛り合わせなど用意して、炭や食器、水と麦茶も含めたひとりあたりの実費は7ドルぴったり。T子さんと鶴下さんファミリーの絶大な協力により、今回も大成功でした。
# by a-pot | 2011-10-09 15:05 | 食事、酒など | Trackback | Comments(2)
ホテルの対応に感動した件
今度会社の上役3名を連れて日本出張に行くにあたって、先月からにわかトラベルエージェントになって準備をしています。小さな会社ですが、ワタシ以外全員VP以上ということで、何と言うか一応エグゼクティブ?みたいな(^^;)。

スタートアップの緊縮財政に加えて、このところの円高のせいでホテル代とかめっちゃ高くなってキビシイのだけれど、これまでの少ない経験を必死で思い出したり、友人知人に相談したりして、一応全部予約しました。4人で日本まで行くのですから、ただでさえそれなりの出費になるわけで、無駄遣いは厳禁。都心周辺のよさげなホテルはすぐに1泊3万とか4万とかいっちゃいますが、あれこれ探した結果、理想的なロケーションですべて1万円台前半に抑えました(^^)。それでも170ドルとかなっちゃんだよ~(涙)。

最初大阪に1泊し、翌日午前中に大阪で1件ミーティングしてから東京に移動する予定です。この日はなんだかんだで歩く距離が長くなりそうなので、スーツケースを持っての移動はできれば避けたい。だいたい4人がみんなスーツケース引いてたら、おいそれとタクシーにも乗れないし。ということで、当日荷物配送のサービスを検索してみるといくつか見つかりました。大阪で朝チェックアウトと共にスーツケースを預けて、同じ日の夕方までに東京のホテルに届けてもらうというサービスです。

でもまずホテルで提携しているサービスとかないか聞いてみようと思って、ホテルのウェブサイトに出ている代表番号に電話をしたのですが、これがなぜかつながらない。それではということで、予約の確認メールをいただいた宿泊部予約販売課という部署の方に、担当とは違うと思いますがと断りつつメールで問い合わせてみました。

すると半日以内に、クロ●コヤ●トで対応できそうとの返事が。ただ詳しく確認すると、朝9時以降しか荷物のピックアップができず、その際に依頼主(我々)が立ち会ってドライバーと荷物の確認をする必要があるとのこと。飛行機で運ぶので、セキュリティで引っかかるものがないようにするためとのことでした。

私たちは遅くとも朝8時半には出発する必要があるので、9時には立ち会えない。せっかく調べて仮予約までしていただいたのですが、仕方がないのでこれをキャンセルしていただき、先に検索で見つけたサービスのうち3つについて、ずうずうしくも問い合わせをお願いしてしまいました。自分でできればするのですが、こういうサービスのウェブサイトに出ているのは0120のフリーダイヤルだけで、海外からはかけられないのです。(業者のみなさん、一応普通の番号も載せておいた方がいいかもですよ)

そしたらまたもや半日以内に返信があり、私が挙げた3つのサービスすべてに電話して、およその料金や条件などを調べてくださいました。朝8時のピックアップも可能とのこと。ここまでにホテルから来たメールは、最初の予約確認も入れると6通!

たまたま私の問い合わせに対応することになった宿泊部予約販売課のみなさまですが、日により時間により異なる方が担当くださるにも関わらず、どの方も共通のメルアドのスレッドでしっかり経緯を把握した上で同じような文体で対応してくださり、それぞれの名前が書いてなければずっと同じ人とメールのやり取りをしていると錯覚したことでしょう。というか実際に錯覚しました。これまで2回担当者が変わりましたが、2回とも文末まで読んで違う名前を見るまでまったく気がつきませんでした。特に2回目は、そういうこともあるとわかっていたにも関わらず、あまりに自然な文章の流れに最後まで前回と同じ人だと思い込んで読んでいました。マイリマシタ(^^;)。

そもそもネットのホテル予約サービスサイトから予約したのに、翌日にはホテルから直接確認のメールがあったことからしてちょっと驚きでした。ふつうはないのでは?

初めて泊まる客で、しかも1万円台前半の部屋にたった1泊しかしないのに(まあ4名で4部屋ではありますが)、こんなに時間を費やして電話して問い合わせたり、サービスの仮予約までしてくれたり、それらの経過を逐一メールで連絡してくれたりと、これでもかというほどの親切丁寧な対応をしていただき、なんだか恐縮しきりでもありますが、泊まる前からすっかりこのホテルのファンになってしまいました。

これぞ日本のサービス業の真骨頂!とか言ってしまえばそうなのかも知れませんが、こういったことを部署の全員がみな同じハイレベルで、しかもさらっと実行するのはそんなに簡単なことではないと思います。

どこのホテルかって?私はまだ見たことさえないのですが、
















それはJR大阪駅にくっついて建っている(らしい)、ホテルグランヴィア大阪さんです。どうぞごひいきに。
# by a-pot | 2011-10-05 14:04 | 医薬、バイオ関連 | Trackback | Comments(0)
アウトソースに明け暮れた後に・・・
先日のエントリーで、研究業務のアウトソーシングをどんどん進めているアメリカの製薬会社には大きな問題があると書きました。今回はそのあたりについて。

研究の現場の仕事の大部分をアウトソースし、こちらでそれをマネージしている人たちは、そうなる以前は自分の手で実験をする研究員でした。企業の研究で、チームやプロジェクトをマネージできるようになるためには、通常ラボなどの現場を含めてそれなりの年数の実務経験を積む必要があります。

創薬研究というのはmulti-disciplinaryなプロジェクトなので、まず自分の専門分野の仕事が独立してできるのは当たり前、そして実際の研究を遂行する過程で、専門以外の分野もある程度理解していく必要があります。創薬研究で言えば、有機化学、分析化学、分子細胞生物学、生化学、薬理学、ゲノミクス、薬物速度論、薬動力学、代謝、毒性、さらには製剤などの各分野をそれなりに理解する必要があります。しかしながら現在、これらの多くがアウトソースされ、自社内で実際に行われる実験が減り、人も少なくなっています。

つまり、将来研究をマネージするべき人材が、研究の現場からどんどんいなくなる、人材の空洞化が起こりつつあるのです。これは最もアウトソースが進んでいる合成化学の部門で最も顕著になるでしょう。

現在は、すべてを自社内でやる昔のやり方から、(ほとんど)すべてをアウトソースで進めるやり方への移行期(それも中期から後期)です。この流れがこのまま進むと、欧米の製薬企業では今から10-15年後あたりに、しっかりした実務経験に基づいて研究プロジェクトの現場をマネージできる人材が枯渇する可能性があります。いや私はきっと枯渇すると思います。

そうなったときに誰にチャンスが来るのか?

もしかしたら貴重な人材のプールとなるのが、現在のアウトソースのトレンドに深入りせず、自前主義を基本に自社内完結型の研究体制をキープし続けた日本企業かも知れません。そういう体制を維持すればの話ですが。

今から10-15年後だとすると、今まさに大学生、大学院生のみなさんがシニアな研究員か若手管理職として研究チームを引っ張っている頃でしょう。その頃に欧米の大手企業にビッグなopportunityがあったとして、それをつかむためには今からどういう準備をしておけばいいでしょうか?

あるいはその頃までにようやく、日本企業と中国のCROとの関係が今よりずっと深まっているかも知れません。そうなると、むしろ中国にいいopportunityがあるかも知れません。

もちろんそれらは果たしてつかむべきチャンスなのかどうかという問題もありますが(笑)、将来海外に何らかのチャンスが生じる可能性は十分あると思います。そのときにそれをつかめる自分でいられるかどうか、つまりそういったチャンスが自分の選択肢であり得るかどうか。結果的にそれを選ばなくてもいいわけですが、選びたいと思っても、その時になってから急に準備できることではないかも知れません。

もちろん先日も書いたように、コスト構造とバランスが変わって、外に出してた仕事が戻ってくる可能性もないとは言えません。CROが集中する上海や北京あたりは、住居費、生活費がバブリーな高騰を続けていて、今までのような賃金ではみんな暮らしていけなくなりつつあり、あきらめて地方都市に脱出する人も増えているとか。状況は日々刻々と変化しています。

普段の私は、10年先なんで考えたってわかるわけないんだから、特に若いうちはとにかく目の前のことを一所懸命やるのがよいというようなことを言っているのですが、それは若かった頃に世の中のことが全く見えていなかった自分を単に正当化したいだけなのかも知れません(^^;)。

考えすぎて動けないというのはどこか本末転倒でしょうが、考えること自体が悪いことであるはずはありません。考えに考えて、これだと思う道、あるいは直感があるならば、そんな自分を信じて行動に移してみる、一歩を踏み出してみればいいと思います。なんといっても一度きりの人生だからね。
# by a-pot | 2011-09-29 13:58 | 医薬、バイオ関連 | Trackback | Comments(0)
世界の製薬業界で起こっていること-じゃあどうする?-
昨日は過去10年間に起こった医薬品業界の変化と現状について書きました。今回はその背景と、それを踏まえた今後について。

製薬企業がダウンサイズを繰り返し、創薬研究の現場がほとんどアジア、中でも中国のCROに移っていく流れとなったそもそもの背景として、90年代後半から欧米製薬大手による新薬の開発と上市、いわゆるパイプラインの拡充が期待したほど進まず、その間にも主力製品(ブロックバスター医薬)の特許切れが続き、多くの会社がこの先に向けてかな~り厳しい見通しを持たざるを得ない状況がありました。

前回、大手製薬が合併を繰り返したことがダウンサイジングの理由と書きましたが、それではなぜ合併を繰り返さなければならなかったかといえば、90年代後半からこのパイプラインの枯渇が見えてきたためです。医薬品の研究開発はひとつの製品に10年以上の期間がかかりますから、この先数年の間に期待の新薬が出せるかどうかというのは、かなり読めてしまいます。

自社の製品だけで自社の成長がまかなえないと考えた大手は、特許期間が残っている大型製品を持つ他社を合併することにより、当面の売り上げを確保したいという事情がありました。しかし当然ながらこれは根本的な問題解決にはなりません。

それはみんなわかっているのですが、問題なのは、これだ!という解決策がなかなか見えないことです。

ちょっと目を移して、日本の状況はどうでしょうか。アメリカの会社同様、アジア諸国へのアウトソースの動きが少しずつ加速しつつあるという話は聞きますが、私はアメリカほど一気に進むことはないのではないかと考えています。

理由はふたつ。ひとつはもちろん、雇用を守ることを重視する日本のシステムと、基本的にすべてを自社内において管理したいといういわゆる自前主義の存在。もうひとつは言葉の壁です。中国のCROが欧米メガファーマを顧客として短期間に大きく発展、成長できたのは、彼ら自身が欧米メガファーマで長年の経験を有し、英語のコミュニケーションがデフォルトな上に、自身の経験からそれらの会社がどういったことをCROに求めるかがよくわかっていたからです。言ってみれば自分の古巣やかつての同僚を顧客にするという、人的ネットワークの強力なフォローもあったので、ある程度うまくいっているという事情があります。

一方彼らが日本の会社をクライアントとする場合、人間関係からしてほとんどゼロからの構築になりますし、 コミュニケーションはおそらく英語で行うのが基本となるでしょう。上でさらっとうまくいっていると書きましたが、アウトソーシングによってコストダウンと生産性の維持をきちんと両立するためには、実際には相当に密なコミュニケーションが欠かせません。これはアメリカの会社にあっても例外ではなく、決して簡単ではありません。基本的にそれをすべて研究現場の担当者が英語で行わなければならないわけですから、それだけで日本の会社には相当なストレスになるはずです。

さらに製薬という同じ業種であっても、日米での仕事の進め方や考え方、ポリシーやスタンス、カルチャーといったものは結構違います。したがって、基本的にアメリカの会社のやり方を基本として構築されているサービスが、日本の会社にうまくマッチするかどうかという懸念もあります。日本で最初に実務を経験した私の場合、こちらでそういった意味での違和感を感じるケースは多いです。

じゃあ日本の会社は今のまま行けばいいのかということですが、いいか悪いかはともかく、何も変えずにいると世界の潮流からは何となく離れて行きそうだねという気はします。もちろん多くの日本企業が国際化を唱え、実際に海外で研究開発を行い、海外の企業との提携や買収なども行っていますから、日本の会社と十把ひとからげにして語ることはできません。またたとえ世界のトレンドとは違っても、自分たちに最適化したシステムが作れると信じているのなら、それはそれでいいのではと思います。

結果的に今後も成長していけるところと、近い将来ピンチにたたされるところと両方出てくることと思います。でもそれは日本の会社に限らないことですよね。ただし個人レベルに落とした場合、日本人の英語というハンデ、これだけは何とかする必要があるのは間違いないと思います。

今までも研究者は英語なんてできて当たり前みたいに言われることがありましたが、実際には大してできるわけでもなく、最低読み書き、いや読みだけはという感じだったと思います。でもこれからは若手の研究員レベルでも、本当に実務レベルで、読む、書く、聞く、話すができるようにならないと、将来はかなり不安なものになるのではないでしょうか。

おっとまた英語の話で熱くなってしまった。ww これはまた別エントリーにすることにして、話を戻しましょう。

アジアへのアウトソースの流れが止まらない欧米の製薬業界ですが、今後どうなっていくのでしょうか?アウトソースのドライビングフォースはコストの差です。中国のCROも、当初は相当安い給料で働いていた人たちがだんだんよい待遇を求めるようになり、またCRO間で優秀な人材の奪い合いも起こり、徐々にコストが上がってきています。そうなるとそのうちさらに別の国に流れていくと考える人も多いかも知れませんが、中国でこれだけCROが発展したのには前記のようにかなり必然的な理由があってのことなので、私はそう簡単に別の国に流れることはないと思っています。

一方、研究現場が空洞化しているアメリカでは、これまでそういった仕事をしてきた研究者たちや、これからしたいと思っている大学院生やポスドクなどがポジションを見つけられずにいます。つまり供給が大幅にだぶついているわけで、そうするとコストが下がっていく可能性があります。つまり今までよりも安い給料でもいいからこの仕事をさせてくれという人が増えるはずです。

これに関連してアウトソースを続けるアメリカ企業にはもうひとつ、将来に向けて大きな問題があるのですが、これも別エントリーにしたいと思います。

海をはさんで仕事をしていると、通信費やサンプルの送付費用、さらには年に1回から数回のフェイスtoフェイスミーティングなど、自前でやっていればかからないコストも発生します。また直接のコストではありませんが、いちいち海をまたいでモノを送らなければならないということは、そのたびに数日ずつのタイムラグが生じます。もしも中国とアメリカの間での人件費の差がそういった追加コスト分に近いくらいまで小さくなれば、アウトソースする理由はなくなってきます。

昔学校で暗記させられた、平家物語の冒頭部分に出てくる「諸行無常」、「盛者必衰」、「おごれるものも久しからず」といったことばは本当に人の世の本質を言い当てていると思います。中島みゆきさんも「まわるまわるよ時代はまわる」と歌っていました。

あくまで私の妄想(予想ではないw)ですが、もしかしたら仕事もまわって戻ってくるかも知れません。ただそのときその仕事を発注しているのは、今と同じ国ではないかも知れませんけどね。

以上、主に学生のみなさんを想定して、医薬品業界の現状とその周辺のことを書いてきましたが、製薬業界は今後ますます大きな変化があることでしょう。それはおそらく間違いないのですが、具体的にどんな風になるかを予測するのは困難です。そんな中、今就職が厳しいというのは、ある意味発想を大きく転換するチャンスなのかも知れません。

大きく変化しながらも、新薬を見つける努力や医薬品に関わる仕事がなくなることも考えにくいです。その中で自分が目指すのはどんな姿か。自分が得意にできそうなのはどんなことか。とりあえずあれこれと思考実験をしてみるのもなかなか楽しいのではないでしょうか?

もちろん医薬品業界には見切りをつけて他の業種を検討するのもありでしょう。いずれにしても以前はこうだったとか、過去の習慣だとかにとらわれず、またワタシを含めた大人たちのもっともらしそうな言葉を鵜呑みにせず、ぜひクリエイティブな発想で、これからの自分の人生を見つめ、切り開いて欲しいと思います。私もこれからの10年、20年をどう生きるかしっかり考えないと!
# by a-pot | 2011-09-27 12:47 | 医薬、バイオ関連 | Trackback | Comments(0)
世界の製薬業界で起こっていること
バイオ合宿などやるたびにいつも思うことですが、最近も米国での交換留学を終えて日本に戻ったある学生さんとメールのやり取りをし、さらに日本からシリコンバレーを訪問している何名かの学生さんたちと話す機会があって、みなさんが海外での仕事に興味を持っているということを聞き、大変頼もしく感じています。

多分何度も書いていますが、私自身は学生の頃、海外への関心などまったくなし、完全にゼロでしたので、こうやって実際に様子を見にやって来る学生さんたちは本当にすごいなと思います。

そのように意識の高い学生さんたちなので、私なんぞが何も言わなくてもきっとすばらしい人生を切り開いていくのだろうと思うわけですが、中でも医薬品業界に興味があるみなさんに、この数年間にこの業界で起きている変化と現状みたいなものを、お知らせしておくのも無駄ではないかなと思いました。大雑把に現状と今後ということで、2回に分けて書きます。

というのも、ここ数年、世界の製薬業界の産業構造、中でも研究開発のあり方は、業界全体が本当にグローバルで大きな変化の真っ只中にあるからです。この実態というのは、まだ社会に出ていない学生のみなさんが肌感覚として捕らえるのは難しいかも知れませんが、知識としてだけでも知っておいて損はないと思います。

大きな変化というのは、一言で言えば製薬企業の創薬研究の現場がほとんどアジア、中でも中国に移っていることです。ここではアメリカの話をしますが、ここ数年いわゆるメガファーマと呼ばれる大手製薬企業は軒並み大規模なレイオフを発表し、業界全体で数万人規模の人員削減を行い、これは現在も進行中です。このひとつの理由は大手製薬が合併を繰り返してきたことにあるので、これらのダウンサイジングには研究開発だけではなく、セールスや各種間接部門の人たちも含まれます。

こうやって書かれた、しかもどっかで見たような文章を読むと、知ってるよ、と思うかも知れませんが、ちょっと考えてみてください。ある業界の専門職(=プロ)として長年働いてきた人たちが、突然数万人という単位で仕事を失うんですよ。そして今までやってきたのと同じような仕事はもう自分のまわりに存在しないんです。ということはつまり、これから大学を出て就職しようという人たちにもそういった仕事はほとんどないということです。

研究職でこのレイオフの波に巻き込まれた人たちの選択肢は大きく分けて三つです。ひとつはもちろん同じ業界で次の仕事を探すこと。しかしこれは上記の状況からかなり困難となっています。二つ目は製薬業界に見切りをつけ、他の何か(それはいろいろでしょうが)をはじめること。もうひとつはもともと海外からの移民の場合、祖国に戻って(この大半が実は中国)受託研究会社を始める、またはそれらの会社に加わることです。

現在の中国の存在感(これを読んでいるみなさんがどこまで感じているかわかりませんが)のベースはまさにここにあります。欧米のメガファーマには、過去数10年の間に中国出身者がものすごくたくさん入り込み、その結果Director(部長相当)や、時にはVP(本部長みたいな感じ)といったポジションまで上り詰めた人もたくさんいます。こういった人たちが、その後の流れを作る原動力になっていきます。ちょっとレイオフに遭ったくらいで凹む人たちではありません。

このメガファーマのダウンサイズが本格的に広がる直前、2000年から2001年にかけて、シリコンバレー(というか世界)ではドットコムバブルの崩壊がありました。このとき、実はバイオテックのバブルもあって、ほぼ時を同じくして崩壊しました。その最中の2000年、中国でひとつのCRO(Contract Research Organization; 受託研究会社)が3名のケミストとともに立ち上がりました。その名はWUXI AppTec。この業界における中国のCROの草分けであり、現在その最大手として君臨している会社です。

2000年にできたWUXI (ウーシー)は2007年、ニューヨーク証券取引所に株式上場を果たし、創業からわずか10年余りの2011年現在、約5000名もの従業員を抱える大企業に成長しました。

上海と天津に拠点を置くWUXIは、欧米メガファーマ各社の探索研究を引き受け、クライアント企業ごとに、Pfizer棟、Merck棟といった高層の建物を建設するほどになっています。この構造がいわゆる研究のアウトソース、あるいはオフショア化と呼ばれます。

この流れと並行して、欧米の大学(院)、そしてメガファーマで10年、20年と経験を積んだ中国出身の研究者たちは、レイオフを機に次々と本国(ShanghaiとBeijingエリアが中心だが他にも)に戻って、まさに雨後の筍のごとく次々にCROを立ち上げ、現在はかなりの乱立状態となっています。

受託研究のビジネスモデルのベースになるのは、欧米と比べて1/3から半分ほどの、アジアの安い人件費です。したがってこの流れは大手だけにとどまらず、スタートアップ企業でもアウトソースを多用して研究開発が行われるようになっています。

また医薬のアウトソースビジネスは低分子の合成研究分野からスタートしましたが、これは合成化学という分野が比較的成熟していて、バイオロジーその他と比較して再現性が担保しやすいことがありました。条件と手順をしっかりフォローすれば、どこで誰がやっても同じ結果が出やすいということです。

ケミストリーで実績を重ねつつ、CRO各社はバイオアッセイや各種動物実験などにも守備範囲を広げ、現在では取り扱いの難しいバイオロジクスも含めた、医薬品研究開発の最初から最後までをほぼカバーできるほどになっています。それにともなってアメリカでは、自前のラボを持たずに研究開発を行う、いわゆるバーチャルカンパニーの形態をとるスタートアップも現れるようになりました。

(続く)
# by a-pot | 2011-09-26 07:28 | 医薬、バイオ関連 | Trackback | Comments(0)
3曲目投稿!
ボカロ 【GUMI】 での3曲目「風の旅人」です。



# by a-pot | 2011-09-06 03:00 | ボカロ | Trackback | Comments(0)
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