2010年 10月 24日
「出る/出ない」の話 |
ちょっと前に、下記のようなコメントをいただきました。
根岸先生らのノーベル賞を受けて、また「若い科学者を海外へ」論が盛り上がってきましたが、はて日本で学位を取得して欧米で研究職に就くという例が少ないのはなぜなんでしょうか?これ、もっともっとポピュラーなキャリアになっていてもいいような気がするのですが・・・。
今でこそ、そうだよねぇ・・・なんて思っていますが、私自身の場合、30歳を過ぎるまで海外はおろか学位取得さえ考えていなかったので、いわゆる「海外に出たがらない」「内向き」の典型的な若手研究者でした。ただ巷で言われる「海外に出たがらない若い科学者」というのは大学院生、ポスドク、あるいは助教のような若手大学教員などアカデミアの人たちを想定した言葉ですよね。
ところで「若い科学者を海外へ」という場合、どの程度の期間と形態が想定されているのでしょう?同じような文脈で、海外留学する学生が減っているという記事を見ますから、とりあえず1年から数年の留学を意味するのかも知れません。とにかく一度海外留学して、あとは日本に戻ってしっかり研究せい、ということでしょうか?そうだとすると、それが上の質問の答えになりますね。でも私は、根岸先生のように海外でしっかりと腰をすえて、一旗揚げるような仕事をされる人が増えるといいなあと思っています。
ところでこういったデータを見れば明らかなように(別に見なくても明らかですが)、サイエンスの世界で戦後世界をリードしているのは断トツでアメリカです。そしてアメリカの強さの源泉は世界中から集まってくる才能にあるということは、当のアメリカ人でも認めるところだと思います。中でも東と西の海岸線は知的な密度が高いというか、ノーベル賞の受賞者数も多く、そういう現場にいることの大切さというのは、少なくとも私の場合、実際にそこに来てみて初めて感じるようになりました。日本にいながらでもそれを感じられる人は、冒頭で紹介したコメントをくれたKudo君のように、高いモチベーションを持って飛び出すのかなと思います。
海外に出ない理由はいくつも挙げられます。日本のサイエンスは十分トップレベルにある、サイエンスは学会発表と学術論文で勝負するのだから、それらさえ英語でできればどこにいようと関係ない、わざわざホームアドバンテージを捨ててアウェイに行く必要はない、etc.これらはみんなそのとおりです。そもそも海外に出る「必要」なんかないし、「出なければいけない」ものでもありません。ただし上記の理由は、「出なくてもいい」理由ではあっても、「出ない方がいい」理由にはなっていません。裏をかえせば、本当にトップレベルのサイエンスができて、英語で論文を書いて学会発表できる語学力があるのなら、日本国内に留まる「必要」もまったくなく、少なくとも英語圏ならどこでだってやっていけるはずです。それだけの実力があるなら、良い条件で招聘してくれる大学や研究機関はいくつもあるはずですし。でもそんな人はほんの一握り。
それでは海外に出る理由、出たほうがいい理由はなんでしょう?
学生から社会人、リタイア間近な方々まで押しなべて、海外に出た日本人の多くが「若者はもっと海外に出るべきだ」というのには、何か理由があるはずです。それぞれ年齢も経験も専門も社会でのポジションもまったく違うにも関わらず、この一点では一致するというのは、これらの人々はみな、「出てよかった」と思っているからです。なぜ、何がよかったのかはそれぞれ異なるかも知れません。ある人は世界平和につながる道を描いているかもしれませんし、またある人は個人の人生を考えているだけかも知れません。理由は何であれ、出てよかったか出ない方がよかったかという二択で聞かれれば答えは同じ「出てよかった」になるということです。
シンプルなたとえで言うと、家の中にいて窓から外を見ているだけでは、隣の家は見えますが、その中まではよく見えません。また自分の家の外側の壁に落書きされていても、壁がはがれかかってていてもわかりません。そんな外から見れば一目瞭然のことが、中からは見えない。だから一度外に出てみようよ、外には自分がいた家とは違ういろいろな家があり、中には意外と自分に合う家だってあるかも知れないよというような感じかな。
もちろん海外に出たのは失敗だったと思っている人は「若者は海外に」なんて言わないでしょうし、自分は後悔しているからみんなも海外には出ない方がよいなんて声高に主張することもないかも知れません。一方、「出てよかった」と思っている人たちがそのことをあえてブログや様々なメデイアで発信し、主張するのはなぜか?それは上の例えのように、出てみて初めて感じた、あるいはわかったことがたくさんあるからだと思います。それらは人によって少しづつ違うかも知れませんが、共通するのは「自分もかつては井の中の蛙だったからこそ伝えたい」というような思いではないかなと思います。
もちろんあらゆることにリスクはつきものです。日本にいたってうまくいかないことはたくさんあります。それなのに海外になんて行ったらもっといろいろ大変です。それでも、以前とは違う、よりよいと思える人生が待っているかも知れない、少なくとも人生の選択肢が増えるよということを、おせっかいとは思いつつ、私も言いたくなるのです。
さて冒頭のコメントの質問ですが、私が思う答えはシンプルに、専門分野についての実力は十分であっても、欧米で「勉強」ではなく「仕事」ができるだけの語学力のある人が少ないから、またそこまでがんばろうと思う人が少ないから、です。少なくとも今まではそうだったかと。でも日本にいたっていい仕事が見つかるとは限らないこれからの時代、海外という選択肢を真剣に考えるべきだと思います。
しかしドクター取得まで日本にいて、ポスドクで初めて海外に出た場合、ほとんどの人は語学面で相当な努力が必要になります。ですから私は大学院からの留学を勧めるのです。少なくともアメリカの場合、アメリカでdegreeを取得することで、就労ビザやグリーンカードの取得においても、ポスドクで来るよりずっとアドバンテージがあります。
まあこの「出る/出ない」の話、両方の言い分があってほとんどエンドレス。だから何度でもネタにしたくなるのでしょうね(^^)。
by a-pot
| 2010-10-24 09:08
| アメリカでの就職、キャリア関連