2011年 09月 26日
世界の製薬業界で起こっていること |
バイオ合宿などやるたびにいつも思うことですが、最近も米国での交換留学を終えて日本に戻ったある学生さんとメールのやり取りをし、さらに日本からシリコンバレーを訪問している何名かの学生さんたちと話す機会があって、みなさんが海外での仕事に興味を持っているということを聞き、大変頼もしく感じています。
多分何度も書いていますが、私自身は学生の頃、海外への関心などまったくなし、完全にゼロでしたので、こうやって実際に様子を見にやって来る学生さんたちは本当にすごいなと思います。
そのように意識の高い学生さんたちなので、私なんぞが何も言わなくてもきっとすばらしい人生を切り開いていくのだろうと思うわけですが、中でも医薬品業界に興味があるみなさんに、この数年間にこの業界で起きている変化と現状みたいなものを、お知らせしておくのも無駄ではないかなと思いました。大雑把に現状と今後ということで、2回に分けて書きます。
というのも、ここ数年、世界の製薬業界の産業構造、中でも研究開発のあり方は、業界全体が本当にグローバルで大きな変化の真っ只中にあるからです。この実態というのは、まだ社会に出ていない学生のみなさんが肌感覚として捕らえるのは難しいかも知れませんが、知識としてだけでも知っておいて損はないと思います。
大きな変化というのは、一言で言えば製薬企業の創薬研究の現場がほとんどアジア、中でも中国に移っていることです。ここではアメリカの話をしますが、ここ数年いわゆるメガファーマと呼ばれる大手製薬企業は軒並み大規模なレイオフを発表し、業界全体で数万人規模の人員削減を行い、これは現在も進行中です。このひとつの理由は大手製薬が合併を繰り返してきたことにあるので、これらのダウンサイジングには研究開発だけではなく、セールスや各種間接部門の人たちも含まれます。
こうやって書かれた、しかもどっかで見たような文章を読むと、知ってるよ、と思うかも知れませんが、ちょっと考えてみてください。ある業界の専門職(=プロ)として長年働いてきた人たちが、突然数万人という単位で仕事を失うんですよ。そして今までやってきたのと同じような仕事はもう自分のまわりに存在しないんです。ということはつまり、これから大学を出て就職しようという人たちにもそういった仕事はほとんどないということです。
研究職でこのレイオフの波に巻き込まれた人たちの選択肢は大きく分けて三つです。ひとつはもちろん同じ業界で次の仕事を探すこと。しかしこれは上記の状況からかなり困難となっています。二つ目は製薬業界に見切りをつけ、他の何か(それはいろいろでしょうが)をはじめること。もうひとつはもともと海外からの移民の場合、祖国に戻って(この大半が実は中国)受託研究会社を始める、またはそれらの会社に加わることです。
現在の中国の存在感(これを読んでいるみなさんがどこまで感じているかわかりませんが)のベースはまさにここにあります。欧米のメガファーマには、過去数10年の間に中国出身者がものすごくたくさん入り込み、その結果Director(部長相当)や、時にはVP(本部長みたいな感じ)といったポジションまで上り詰めた人もたくさんいます。こういった人たちが、その後の流れを作る原動力になっていきます。ちょっとレイオフに遭ったくらいで凹む人たちではありません。
このメガファーマのダウンサイズが本格的に広がる直前、2000年から2001年にかけて、シリコンバレー(というか世界)ではドットコムバブルの崩壊がありました。このとき、実はバイオテックのバブルもあって、ほぼ時を同じくして崩壊しました。その最中の2000年、中国でひとつのCRO(Contract Research Organization; 受託研究会社)が3名のケミストとともに立ち上がりました。その名はWUXI AppTec。この業界における中国のCROの草分けであり、現在その最大手として君臨している会社です。
2000年にできたWUXI (ウーシー)は2007年、ニューヨーク証券取引所に株式上場を果たし、創業からわずか10年余りの2011年現在、約5000名もの従業員を抱える大企業に成長しました。
上海と天津に拠点を置くWUXIは、欧米メガファーマ各社の探索研究を引き受け、クライアント企業ごとに、Pfizer棟、Merck棟といった高層の建物を建設するほどになっています。この構造がいわゆる研究のアウトソース、あるいはオフショア化と呼ばれます。
この流れと並行して、欧米の大学(院)、そしてメガファーマで10年、20年と経験を積んだ中国出身の研究者たちは、レイオフを機に次々と本国(ShanghaiとBeijingエリアが中心だが他にも)に戻って、まさに雨後の筍のごとく次々にCROを立ち上げ、現在はかなりの乱立状態となっています。
受託研究のビジネスモデルのベースになるのは、欧米と比べて1/3から半分ほどの、アジアの安い人件費です。したがってこの流れは大手だけにとどまらず、スタートアップ企業でもアウトソースを多用して研究開発が行われるようになっています。
また医薬のアウトソースビジネスは低分子の合成研究分野からスタートしましたが、これは合成化学という分野が比較的成熟していて、バイオロジーその他と比較して再現性が担保しやすいことがありました。条件と手順をしっかりフォローすれば、どこで誰がやっても同じ結果が出やすいということです。
ケミストリーで実績を重ねつつ、CRO各社はバイオアッセイや各種動物実験などにも守備範囲を広げ、現在では取り扱いの難しいバイオロジクスも含めた、医薬品研究開発の最初から最後までをほぼカバーできるほどになっています。それにともなってアメリカでは、自前のラボを持たずに研究開発を行う、いわゆるバーチャルカンパニーの形態をとるスタートアップも現れるようになりました。
(続く)
多分何度も書いていますが、私自身は学生の頃、海外への関心などまったくなし、完全にゼロでしたので、こうやって実際に様子を見にやって来る学生さんたちは本当にすごいなと思います。
そのように意識の高い学生さんたちなので、私なんぞが何も言わなくてもきっとすばらしい人生を切り開いていくのだろうと思うわけですが、中でも医薬品業界に興味があるみなさんに、この数年間にこの業界で起きている変化と現状みたいなものを、お知らせしておくのも無駄ではないかなと思いました。大雑把に現状と今後ということで、2回に分けて書きます。
というのも、ここ数年、世界の製薬業界の産業構造、中でも研究開発のあり方は、業界全体が本当にグローバルで大きな変化の真っ只中にあるからです。この実態というのは、まだ社会に出ていない学生のみなさんが肌感覚として捕らえるのは難しいかも知れませんが、知識としてだけでも知っておいて損はないと思います。
大きな変化というのは、一言で言えば製薬企業の創薬研究の現場がほとんどアジア、中でも中国に移っていることです。ここではアメリカの話をしますが、ここ数年いわゆるメガファーマと呼ばれる大手製薬企業は軒並み大規模なレイオフを発表し、業界全体で数万人規模の人員削減を行い、これは現在も進行中です。このひとつの理由は大手製薬が合併を繰り返してきたことにあるので、これらのダウンサイジングには研究開発だけではなく、セールスや各種間接部門の人たちも含まれます。
こうやって書かれた、しかもどっかで見たような文章を読むと、知ってるよ、と思うかも知れませんが、ちょっと考えてみてください。ある業界の専門職(=プロ)として長年働いてきた人たちが、突然数万人という単位で仕事を失うんですよ。そして今までやってきたのと同じような仕事はもう自分のまわりに存在しないんです。ということはつまり、これから大学を出て就職しようという人たちにもそういった仕事はほとんどないということです。
研究職でこのレイオフの波に巻き込まれた人たちの選択肢は大きく分けて三つです。ひとつはもちろん同じ業界で次の仕事を探すこと。しかしこれは上記の状況からかなり困難となっています。二つ目は製薬業界に見切りをつけ、他の何か(それはいろいろでしょうが)をはじめること。もうひとつはもともと海外からの移民の場合、祖国に戻って(この大半が実は中国)受託研究会社を始める、またはそれらの会社に加わることです。
現在の中国の存在感(これを読んでいるみなさんがどこまで感じているかわかりませんが)のベースはまさにここにあります。欧米のメガファーマには、過去数10年の間に中国出身者がものすごくたくさん入り込み、その結果Director(部長相当)や、時にはVP(本部長みたいな感じ)といったポジションまで上り詰めた人もたくさんいます。こういった人たちが、その後の流れを作る原動力になっていきます。ちょっとレイオフに遭ったくらいで凹む人たちではありません。
このメガファーマのダウンサイズが本格的に広がる直前、2000年から2001年にかけて、シリコンバレー(というか世界)ではドットコムバブルの崩壊がありました。このとき、実はバイオテックのバブルもあって、ほぼ時を同じくして崩壊しました。その最中の2000年、中国でひとつのCRO(Contract Research Organization; 受託研究会社)が3名のケミストとともに立ち上がりました。その名はWUXI AppTec。この業界における中国のCROの草分けであり、現在その最大手として君臨している会社です。
2000年にできたWUXI (ウーシー)は2007年、ニューヨーク証券取引所に株式上場を果たし、創業からわずか10年余りの2011年現在、約5000名もの従業員を抱える大企業に成長しました。
上海と天津に拠点を置くWUXIは、欧米メガファーマ各社の探索研究を引き受け、クライアント企業ごとに、Pfizer棟、Merck棟といった高層の建物を建設するほどになっています。この構造がいわゆる研究のアウトソース、あるいはオフショア化と呼ばれます。
この流れと並行して、欧米の大学(院)、そしてメガファーマで10年、20年と経験を積んだ中国出身の研究者たちは、レイオフを機に次々と本国(ShanghaiとBeijingエリアが中心だが他にも)に戻って、まさに雨後の筍のごとく次々にCROを立ち上げ、現在はかなりの乱立状態となっています。
受託研究のビジネスモデルのベースになるのは、欧米と比べて1/3から半分ほどの、アジアの安い人件費です。したがってこの流れは大手だけにとどまらず、スタートアップ企業でもアウトソースを多用して研究開発が行われるようになっています。
また医薬のアウトソースビジネスは低分子の合成研究分野からスタートしましたが、これは合成化学という分野が比較的成熟していて、バイオロジーその他と比較して再現性が担保しやすいことがありました。条件と手順をしっかりフォローすれば、どこで誰がやっても同じ結果が出やすいということです。
ケミストリーで実績を重ねつつ、CRO各社はバイオアッセイや各種動物実験などにも守備範囲を広げ、現在では取り扱いの難しいバイオロジクスも含めた、医薬品研究開発の最初から最後までをほぼカバーできるほどになっています。それにともなってアメリカでは、自前のラボを持たずに研究開発を行う、いわゆるバーチャルカンパニーの形態をとるスタートアップも現れるようになりました。
(続く)
by a-pot
| 2011-09-26 07:28
| 医薬、バイオ関連