2017年 02月 11日
シリコンバレー創薬騒動(2) |
どんな薬を作ったのか
最初にちょっと専門的なことになります。前回2つの新薬を世に出したと書きましたが、それらについてちょっと詳しく説明します。サイエンスに興味のない方は飛ばしてもらっても結構ですが、後半はちょっとおもしろいかもですよ(^^;)。
会社になる前の、アカデミアでの研究は細菌(バクテリア)による感染症治療薬に関するものでした。その過程で偶然が重なって見出された化合物がホウ素を含むものだったというのが、結果的にこの会社の出発点になりました。
ひとつ目の薬になったのは新規抗真菌剤で、2014年にFDAから認可、発売された爪白癬という疾患の外用治療薬、Kerydinです。爪白癬というのは、いわゆる水虫菌として知られる白癬菌が、足の爪および爪床(そうしょう:爪の下の皮膚)に入り込んで増殖してしまったものです。Kerydinという製品の有効成分はtavaboroleという化合物で、白癬菌のロイシルt-RNA合成酵素(leucyl tRNA synthetase)という酵素を、ホウ素が関与したこれまでにない新規な作用メカニズムで阻害し、その結果真菌のタンパク合成を阻害することにより増殖を抑え、抗真菌活性を示します。抗真菌剤としては前例のない、全く新しいメカニズムだったため、それを記した論文が2007年のScience誌に掲載されました。
ビジネス面としては、Kerydinの販売は自社では行わず、大手製薬企業のノバルティスの子会社であるPharmaDermという会社におまかせし、利益を折半するという形になりました。
ふたつ目の薬は非ステロイド性の抗炎症剤で、2016年12月にFDAから認可された、軽度および中程度のアトピー性皮膚炎の外用治療薬、Eucrisaです。Eucrisaの有効成分はcrisaboroleという化合物で、主な作用メカニズムとしてはフォスフォジエステラーゼ4(PDE4)という酵素を阻害することがわかっています。PDE4阻害剤というのは既に2化合物が薬になっていましたが、アトピー性皮膚炎への適用はEucrisaが世界で初めてになります。そして非ステロイドのアトピー性皮膚炎治療薬としては、約15年ぶりの新薬になります。そしてPDE4という酵素の阻害メカニズムにも、ホウ素がユニークな形で関与しています。
前回書いたように、このEucrisaの開発の成功が、ファイザーによる買収につながりました。
上記の2剤はどちらも、これまで医薬品の世界では例がなかったベンズオキサボロール(benzoxaborole)と呼ばれる種類の、ホウ素原子を含む化合物で、A社が世界に先駆けて研究開発したものです。
なあんて書くと、さも世界最先端の研究をしているみたいで、カッコイイなんて思ってくださる方もいらっしゃるかも知れませんね。結果として最先端なのは確かなのですが、その過程は本当に偶然と幸運の連続でした。つまり、それらの偶然と幸運を引き寄せ、逃さなかったことが、A社の一番の成功理由かも知れません。
Kerydinの有効成分であるtavaboroleについては以前紹介したことがありますが、同僚のある実験の失敗と、そこからついでにやった程度のちょっとしたことが、結果的にこの薬の誕生につながりました。
その後、新しく合成されたホウ素含有化合物がある程度たまってきた頃に、以前抗炎症薬の研究経験がある人がいるので、抗菌や抗真菌といった微生物に対する作用以外の作用もないか調べてみようと、それまでに作られたホウ素含有化合物のストックを抗炎症作用のスクリーニングにかけました。その際に興味深い作用を示した化合物が、後にcrisaboroleとなりました。
大変ラッキーだったわけですが、大手の製薬企業であれば絶対にやらないような開発の仕方をしたのも確かで、それが少なくともA社ではうまくいったというわけです。
ちなみにcrisaboroleは当初、アトピー性皮膚炎ではなく乾癬という皮膚の病気への適応が検討され、臨床試験も最初は乾癬の患者さんで行われましたが、諸々の理由から、ある段階で適応をアトピー性皮膚炎にスイッチしました。
この時点で(というか現在もですが)、他の製薬企業でいくつかのPDE4阻害剤(ホウ素は含まないけれども同じ作用機序の薬)がアトピー性皮膚炎を対象に臨床開発が行われていましたが、成功しているものはありませんでした。つまりA社の決断は、先行品に遅れを取っている上、それらの先行品、つまり競合品が失敗している疾患にあえて挑戦するということで、かなりのハイリスク戦略だったと言えます。しかしまるで神風が吹いたかのように、そこからcrisaboroleは快進撃を開始したのです。
他の競合品がうまくいっていないのにcrisaboroleがうまくいった本当の理由は、いくつか考えられることはあるのですが、完全にはわかっていません。これが医薬品開発のおもしろさであり難しさでもあるわけですが、ひとつの薬の作用を完全に解き明かすのは、現在でも非常に困難なことなのです。
アトピー性皮膚炎のもうひとつのチャレンジは、患者の多くが子供だということです。新薬はまず大人の患者から使い始めて、ある程度安全性が確認されて初めて子供にも使われるという場合がよくあります。しかしcrisaboroleは、最初から子供にも適用可能にすることを目指しました。上記の通り患者の多くが子供であるということ、その子供たちにこそ、安全性の高い非ステロイドの新薬が待ち望まれていたからです。
そのため、臨床試験の最終段階であるフェーズ3試験は、2歳以上のすべての年齢の患者さんを対象にして行われました。その結果、実際に2歳以上のすべての年齢に対してFDA認可が得られたのです。
(写真は本文とは関係ありません)
最初にちょっと専門的なことになります。前回2つの新薬を世に出したと書きましたが、それらについてちょっと詳しく説明します。サイエンスに興味のない方は飛ばしてもらっても結構ですが、後半はちょっとおもしろいかもですよ(^^;)。
会社になる前の、アカデミアでの研究は細菌(バクテリア)による感染症治療薬に関するものでした。その過程で偶然が重なって見出された化合物がホウ素を含むものだったというのが、結果的にこの会社の出発点になりました。
ひとつ目の薬になったのは新規抗真菌剤で、2014年にFDAから認可、発売された爪白癬という疾患の外用治療薬、Kerydinです。爪白癬というのは、いわゆる水虫菌として知られる白癬菌が、足の爪および爪床(そうしょう:爪の下の皮膚)に入り込んで増殖してしまったものです。Kerydinという製品の有効成分はtavaboroleという化合物で、白癬菌のロイシルt-RNA合成酵素(leucyl tRNA synthetase)という酵素を、ホウ素が関与したこれまでにない新規な作用メカニズムで阻害し、その結果真菌のタンパク合成を阻害することにより増殖を抑え、抗真菌活性を示します。抗真菌剤としては前例のない、全く新しいメカニズムだったため、それを記した論文が2007年のScience誌に掲載されました。
ビジネス面としては、Kerydinの販売は自社では行わず、大手製薬企業のノバルティスの子会社であるPharmaDermという会社におまかせし、利益を折半するという形になりました。
ふたつ目の薬は非ステロイド性の抗炎症剤で、2016年12月にFDAから認可された、軽度および中程度のアトピー性皮膚炎の外用治療薬、Eucrisaです。Eucrisaの有効成分はcrisaboroleという化合物で、主な作用メカニズムとしてはフォスフォジエステラーゼ4(PDE4)という酵素を阻害することがわかっています。PDE4阻害剤というのは既に2化合物が薬になっていましたが、アトピー性皮膚炎への適用はEucrisaが世界で初めてになります。そして非ステロイドのアトピー性皮膚炎治療薬としては、約15年ぶりの新薬になります。そしてPDE4という酵素の阻害メカニズムにも、ホウ素がユニークな形で関与しています。
前回書いたように、このEucrisaの開発の成功が、ファイザーによる買収につながりました。
上記の2剤はどちらも、これまで医薬品の世界では例がなかったベンズオキサボロール(benzoxaborole)と呼ばれる種類の、ホウ素原子を含む化合物で、A社が世界に先駆けて研究開発したものです。
なあんて書くと、さも世界最先端の研究をしているみたいで、カッコイイなんて思ってくださる方もいらっしゃるかも知れませんね。結果として最先端なのは確かなのですが、その過程は本当に偶然と幸運の連続でした。つまり、それらの偶然と幸運を引き寄せ、逃さなかったことが、A社の一番の成功理由かも知れません。
Kerydinの有効成分であるtavaboroleについては以前紹介したことがありますが、同僚のある実験の失敗と、そこからついでにやった程度のちょっとしたことが、結果的にこの薬の誕生につながりました。
その後、新しく合成されたホウ素含有化合物がある程度たまってきた頃に、以前抗炎症薬の研究経験がある人がいるので、抗菌や抗真菌といった微生物に対する作用以外の作用もないか調べてみようと、それまでに作られたホウ素含有化合物のストックを抗炎症作用のスクリーニングにかけました。その際に興味深い作用を示した化合物が、後にcrisaboroleとなりました。
大変ラッキーだったわけですが、大手の製薬企業であれば絶対にやらないような開発の仕方をしたのも確かで、それが少なくともA社ではうまくいったというわけです。
ちなみにcrisaboroleは当初、アトピー性皮膚炎ではなく乾癬という皮膚の病気への適応が検討され、臨床試験も最初は乾癬の患者さんで行われましたが、諸々の理由から、ある段階で適応をアトピー性皮膚炎にスイッチしました。
この時点で(というか現在もですが)、他の製薬企業でいくつかのPDE4阻害剤(ホウ素は含まないけれども同じ作用機序の薬)がアトピー性皮膚炎を対象に臨床開発が行われていましたが、成功しているものはありませんでした。つまりA社の決断は、先行品に遅れを取っている上、それらの先行品、つまり競合品が失敗している疾患にあえて挑戦するということで、かなりのハイリスク戦略だったと言えます。しかしまるで神風が吹いたかのように、そこからcrisaboroleは快進撃を開始したのです。
他の競合品がうまくいっていないのにcrisaboroleがうまくいった本当の理由は、いくつか考えられることはあるのですが、完全にはわかっていません。これが医薬品開発のおもしろさであり難しさでもあるわけですが、ひとつの薬の作用を完全に解き明かすのは、現在でも非常に困難なことなのです。
アトピー性皮膚炎のもうひとつのチャレンジは、患者の多くが子供だということです。新薬はまず大人の患者から使い始めて、ある程度安全性が確認されて初めて子供にも使われるという場合がよくあります。しかしcrisaboroleは、最初から子供にも適用可能にすることを目指しました。上記の通り患者の多くが子供であるということ、その子供たちにこそ、安全性の高い非ステロイドの新薬が待ち望まれていたからです。
そのため、臨床試験の最終段階であるフェーズ3試験は、2歳以上のすべての年齢の患者さんを対象にして行われました。その結果、実際に2歳以上のすべての年齢に対してFDA認可が得られたのです。
(写真は本文とは関係ありません)
by a-pot
| 2017-02-11 13:25
| 医薬、バイオ関連